写真の余白を戻す
七緒の財布には、長いあいだ半分の写真が入っていた。
高校最後の文化祭、手作りの看板を持って笑う七緒。右側にいた杏珠は、卒業直前の喧嘩のあと切り落とした。理由は、美術大学の推薦を杏珠だけが受けたからだ。
「応援する」と言いながら、七緒は杏珠の合格報告に返信しなかった。自分は家の事情で受験を諦めた。悔しいと言えず、代わりに「自慢ばかり」と責めた。杏珠も怒り、それきりになった。
同窓会のスライドに、同じ文化祭の写真が映った。学校に残っていた原版だった。七緒と杏珠の間には、切り取った記憶にはなかった広い余白がある。そこには、看板の裏から顔を出すクラスメートや、倒れそうな棒を支える手が何本も写っていた。
二人だけの対立だと思っていた青春は、実際にはもっと騒がしく、もっと多くの人に支えられていた。
「その写真、まだ持ってる?」
声をかけた杏珠は、絵の仕事を辞め、今は介護施設で働いていると言った。七緒は出版社の営業をしている。夢をかなえた側と諦めた側、という構図は、とっくに現実から外れていた。
七緒は財布から半分の写真を出した。杏珠の顔があった場所は、白く擦れている。
「捨てられなかった」
「私は原版、持ってないよ」
会話はそれだけだった。謝罪を一度で終わらせるには、十年は長すぎる。二人はスライドの画面をスマートフォンで撮った。画質は粗く、照明が反射し、昔の写真よりずっと不格好だった。
杏珠が去ったあと、七緒は財布の写真を元の場所へ戻しかけた。けれど、切断面がこれ以上傷まないよう透明な袋へ入れ、代わりに今撮った画像を印刷予約へ送った。
そこには杏珠も、支える手も、余白もある。
翌朝、七緒は長く下書きにしていた社内公募へ応募した。企画職の経験はない。それでも営業で見てきた本のことを、自分の名前で書いた。
失った片側を取り戻せたからではない。
今度は、誰かの手を画面の外へ切らない。
欠けたままでも、写真の外にいた人たちと、次の一枚を作れると知ったからだった。