冷蔵庫の半分

小鞠は、倫太の《今日は遅くなる》を三時間待っていた。

ルームシェアを始めて二年。最初は互いの名前を書いた牛乳を買い、洗剤代まで割り勘にしていた。それが今では、どちらが買った卵か分からず、片方が眠ればもう片方が玄関の鍵を確かめる。恋人ではないから、帰宅時間を尋ねる権利はない。倫太の交友関係を聞くのも、休日の予定を空けるのも、全部「家事の相談」という形にしてきた。そう思いながら、鍋の火を止めたりつけたりした。今夜は賃貸契約の更新期限で、倫太の署名だけが空いている。管理会社から届いた催促メールを、小鞠は既読のまま閉じられずにいた。

二十三時四十分、玄関が開いた。倫太は雨に濡れ、手に不動産会社の封筒を持っていた。

「連絡、遅くなってごめん」

「別に待ってない」

「更新しないって伝えてきた」

「え?」

狭い台所。小鞠は冷蔵庫、倫太は流し台を背にして、どちらも横を通れない。

「最近、俺が帰ると小鞠が固くなるから」

「このままでいいのに」

「このままって、同居人のまま?」

「家賃も半分、冷蔵庫も半分。楽でしょう」

「俺は楽じゃない」

倫太は、冷蔵庫の右半分に入れていた自分の調味料を一本ずつ紙袋へ移した。二年間で増えた瓶の音が、別れの準備みたいに響く。小鞠が辛い物を苦手だと知ってから、倫太が買わなくなったソースだけは、賞味期限が切れたまま奥に残っていた。

小鞠が好きと言えない理由は、この部屋を失うのが怖いからだった。告げて断られれば、恋人だけでなく、帰宅を知らせてくれる人も、鍋を二人分作る習慣もなくなる。

「このままでいい」

二度目は、自分に言い聞かせる声だった。

倫太が最後のマスタードを持ち上げたとき、小鞠は紙袋の口を押さえた。

「このままでいい、じゃない。帰るって連絡を、これからも待ちたい」

倫太は何も答えず、マスタードを冷蔵庫へ戻した。

小鞠は更新書類の「入居者二名」の欄を開き、テーブルの中央に置く。署名用のペンを一本ではなく、二本並べた。