冷蔵庫の星印
冷蔵庫の扉には、平成のままの表が貼られていた。
「皿洗い」「風呂そうじ」「宿題」。横に砂羽と妹の名前があり、できた日は赤い星、忘れた日は青い丸がついている。砂羽の列には星が並び、妹の列には丸が多い。母はその表を、引っ越し前日まで剥がしていなかった。
「懐かしいでしょう」
母は冷凍庫の保冷剤を捨てながら言った。
「まだあったんだ」
「砂羽は本当に手がかからなかったもの。妹にも見習わせたくてね」
磁石を外すと、紙の裏だけ白かった。表の下には油が薄く固まり、年月の形が残っている。
砂羽は妹へ写真を送った。すぐに返信が来た。
『捨てて。燃やしてもいい』
笑う絵文字がついていたが、砂羽は笑えなかった。赤い星をもらうたび、自分の皿だけでなく、妹の丸まで背負わされた気がした。
「これ、持っていかないの?」
母は表を指した。
「誰が?」
「あなたよ。頑張った記録じゃない」
「頑張らないと、家にいてはいけないみたいな記録」
母の手から保冷剤が一つ落ちた。固い音がした。
「そんなつもりで作ったんじゃない」
「つもりの話はしてないよ」
砂羽は表を二つに破ろうとして、やめた。妹の名前まで自分が処分するのは違う。キッチンばさみで縦に切り、それぞれの列を分けた。
自分の列から、名前の部分だけを切り取る。星も丸も残さず、「砂羽」の二文字だけを財布に入れた。妹の列は封筒へ入れ、本人に送る。
残った項目欄を母へ渡した。
「これはお母さんの記録。残すなら、自分で持って」
母は「皿洗い」と書かれた紙片を見た。やがて、ごみ袋ではなく新居用の箱へ入れた。
冷蔵庫の扉には、長方形の白い跡だけが残った。砂羽が洗剤を吹きかけると、母が布巾を持って隣に立った。
「そこ、強くこすると傷になるわよ」
いつもの言い方だった。砂羽は布巾を渡さず、もう一枚を差し出した。
「右半分、お母さんが拭いて」
二人は同じ扉を、別々の布で拭いた。境目の油汚れが消えても、どちらの側だったかは、砂羽には分かっていた。