割れ物レーンの月

午前二時、食器倉庫の天窓から月が見えた。倉庫の中では、白い皿が割れる乾いた音が三度続いた。

柊木沙英は、ホテル開業用の食器をケースピックしていた。納品は朝。披露宴の予約まで入っており、ホテル側は箱数より、同じ形がそろうことを求めていた。ところが同じ銘柄のワイングラスだけ、箱を持ち上げるたび内部で細かな音がする。

「緩衝材が足りないんだろ。無事な箱を選べ」

班長は急いだが、沙英は一箱を出荷台へ置かず、検品台へ戻した。封は切らない。箱をゆっくり四十五度傾けると、砂が流れるような音が片側へ寄った。一本だけの破損ではない。

同じパレットの外装を見比べる。全部の箱に「天地無用」の矢印があるのに、下段だけ、印刷されたロゴが逆さだった。箱そのものが上下逆なのではない。製造元がラベルを反対側へ貼り、倉庫では矢印を信じて積み直していた。グラスは脚を下にして固定される設計だから、逆さにすれば細い脚へ荷重が集中する。

「上段も危ない。下段の上に一晩載ってた」

沙英はパレット全体を止めた。班長は納期を口にしたが、彼女は一箱だけを選ぶやり方を拒んだ。割れていなくても、目に見えないひびが入っていれば、ホテルで飲み物を注いだ瞬間に裂ける。倉庫で無事だったという事実は、客の手で安全だという保証にはならない。

別ロットの在庫は倉庫の奥にあった。ただし数量が足りない。沙英は注文書を見て、宴会場用と客室用が同じグラスでまとめられていることに気づいた。客室用は別形状への代替が認められている。先に宴会場分を無傷の別ロットでそろえ、客室分だけ承認済みの代替品へ切り替える手順を組んだ。

ホテルの夜間担当へ電話し、品番と数量を読み合わせる。承認番号を箱に添え、積む向きまで運転手へ伝えた。

午前三時半、トラックは出た。月は天窓の端へ移っていた。班長が逆さのパレットに赤札を掛ける。

「音だけで、よく全部止めたな」

沙英は答えず、床に落ちた透明な粉をほうきで集めた。次のレーンでは、鏡を積んだ木箱が到着していた。

月を映すものは、まだ一枚も割れていなかった。