十三枚目の白瓦
霞岳城の天守には、黒瓦の中に白い瓦が十三枚あった。
一列に並べれば降伏。三枚ずつ離せば火薬庫の位置。敵へ門を売った家老が、包囲軍と決めた合図だった。
瓦師の宇佐見多聞は、処刑された家老の口からその話を聞いた。今夜、敵の物見は十三枚目が置かれるのを待っている。
城内の火薬庫は西曲輪。だが女と子が降りる隠し坂も西にある。敵が正しい位置へ火矢を集めれば、逃げ道ごと燃える。
多聞は白瓦を一枚抱え、雨の屋根へ出た。矢は届かないが、風が人を落とす高さだった。瓦の裏には家老の印が刻まれている。敵は望遠筒でそこまで確かめる。
十三枚目を置く場所は、天守の西端と決められていた。
多聞は逆に東端へ這った。そこには昼の砲撃で空になった米蔵がある。白瓦を東へ置けば、敵は米蔵を火薬庫と読む。だが並びが違えば、合図そのものを疑う。
棟の中央で、家老の息子・駿平が待っていた。刀を抜き、雨の中で膝をついている。
「父の約束を変えるな」
「父親はもう困らん」
「家族が敵陣にいる」
「城の家族は西坂にいる」
駿平の刀先が多聞の喉へ来た。多聞は瓦を盾にしなかった。割れれば印が消える。
「東へ置けば、俺の母と妹が焼かれる」
「西へ置けば、百人焼ける」
数字で人を説得できる夜ではなかった。多聞は雨で滑る棟を一歩進み、刀先を肩へ受けた。そのまま駿平の懐へ入り、額で鼻を砕いた。二人とも屋根へ倒れた。
白瓦が手を離れ、斜面を滑る。
多聞は足首を棟縄へ絡め、指先で瓦の縁をつかんだ。下は三十間。右肩から血が瓦へ垂れる。白に赤がつけば、合図ではなくなる。
袖で血を拭い、東端の列へ瓦を差し込んだ。十二枚と同じ間隔、同じ角度。裏の印だけを敵側へ向ける。
遠い包囲陣で、三つの松明が回った。合図を受けた返事だ。
ほどなく東の米蔵へ火矢が集まり、空の梁が赤く燃え上がった。敵兵の歓声がそちらへ寄る。
多聞は屋根から西坂を見下ろした。黒い列が音を立てずに動いている。
炎が天守を照らす中、霞岳城の西隠門が開いた。