十三番ゴンドラの月
閉園後の観覧車が頂上へ近づくたび、薄葉岳志の携帯へ姪から電話が来た。
『おじさん、月が逆さに見える』
十三番ゴンドラの窓に、黄色い風船が挟まっている。岳志が制御盤を見ると、主軸温度は限界を越えていた。六十秒後、軸受が砕け、夜空が鉄骨ごと落ちる。
次に気づけば、観覧車はまた頂上の三メートル手前。電話が鳴る。
岳志が求めたのは、十三番を地上の乗降口へ戻すこと。扉が開き、姪の足が床へ着けば反復は終わる。
非常停止を押せば、荷重が一点へ集まり、十三番だけが外れた。
低速で逆回転させると、古い歯車が噛み、ゴンドラは頂上で止まった。
非常はしごへ移らせた回では、風に煽られた黄色い風船が目を塞ぎ、岳志の手から姪の指が離れた。
『おじさん、月が逆さに見える』
そのたび、岳志は「すぐ戻す」と答えた。だが戻すための装置こそ壊れている。
制御室の金庫には、主軸交換の見積書があった。遊園地を創業した祖父は、百周年まで観覧車を残せと言った。社長である岳志の父は費用を惜しみ、検査値を書き換えた。岳志も署名した。家族の象徴を守るために、家族を頂上へ吊ったのだ。姪は今日、亡くなった母の代わりに百周年の点灯役を務めていた。十三番を選んだのも、岳志が「一番月に近い」と勧めたからだった。
岳志は通常運転を諦め、湖側の緊急分離レバーを引いた。それは観覧車全体を倒して火災を防ぐ、建設時だけの機構だった。使えば園の中心は消え、保険も下りない。
「今から月が動く。椅子の下へ潜れ」
『おじさんは?』
「下で待ってる」
固定ボルトが順に爆ぜた。巨大な輪はゆっくり湖へ傾き、鉄骨が水を裂いた。十三番は水面すれすれで非常索に受け止められ、扉が歪んで開く。姪が泥の岸へ飛び降りた。
時計は進んだ。
岳志は倒れた観覧車を背に、黄色い風船を拾った。父から「何をした」と電話が来る。岳志は見積書と改ざん記録を消防へ送ってから答えた。
「家を守るのをやめた」
水面の月は鉄骨で細かく割れていた。逆さではなくなった月を、姪は黙って見ていた。