十三秒の留守番電話
大学時代の親友について、誰に尋ねても知らないと言われた。
卒業写真には隣の席だけ空白。
二人で住んだはずの部屋の契約書には、自分の名しかない。
それでも女性は覚えていた。
夜中にカレーを作り、試験に落ちた日には朝まで散歩し、卒業後も毎月電話した人。
ある朝、スマートフォンへ見知らぬ留守番電話が届いた。
再生時間は十三秒。
「私をまだ探してるなら、返却棚の下。遅くなってごめん」
声は親友だった。
古い大学図書館へ行く。
返却棚の下に、薄いノートが挟まっていた。
二人で交互に書いた日記。
自分の字と、確かに別の字。
最後の頁に現在の住所があった。
海辺の町の、小さな共同住宅。
訪ねると、親友は白髪が少し増えた姿で扉を開けた。
「本当に来た」
「どうして、みんな忘れてるの」
「私にも分からない。十年前、朝起きたらそうなってた」
親友は笑った。
「あなたまで忘れたと思って、連絡できなかった」
「電話したでしょう」
「何度も。つながらなかった」
女性の記録には一件もない。
十三秒だけ、なぜか今日届いた。
二人は腹を立て合った。
探すのが遅い。
住所をもっと分かる場所へ残せ。
忘れられた側の気持ちを想像するな。
覚えている側も、存在を疑い続けた。
言い争っているうち、昔と同じように空腹になった。
共同台所でカレーを作る。
親友は今も玉葱を大きく切りすぎた。
「明日になったら、私も忘れる?」
女性が尋ねる。
「分からない」
翌朝、隣の部屋で目を覚ました。
親友の名前が一瞬出てこなかった。
息が止まりそうになり、台所へ走る。
親友は普通に茶を飲んでいた。
「忘れた?」
「一秒だけ」
「それなら、また名乗る」
二人はノートへ今日の日付を書いた。
名前。
住所。
カレーが辛すぎたこと。
次に忘れたとき読むためではなく、今日が本当にあったと二人で確かめるために。
女性は月に一度、海辺の町へ通った。
周囲へ親友を紹介しても、次に会うと皆忘れている。
それでも店員は、いつも二人分の水を置いた。
理由は覚えていないが、手がそう動くという。
記憶から消えても、一緒に過ごした習慣が世界に小さな窪みを作る。
二人はその窪みをたどり、何度でも互いを見つけた。