十二度目の鐘
夜明け前の鐘楼は、王宮でいちばん寒い仕事場だった。
鐘番補佐のロワナは、東の空が白み始めると、処刑塔の庭を見下ろした。そこには同室の侍女が両手を縛られて立っている。王妃の宝石を盗んだ罪。本人は、床で拾って宝石箱へ戻そうとしただけだと言い続けていた。
無実を証明する帳簿は、城下の質屋にある。真犯人の侍従が、同じ宝石を昨月から売る相談をしていた記録だ。使いの少年が取りに走ったが、まだ戻らない。
処刑は日の出と同時。
王宮の古鐘は、一度鳴らすごとに夜明けを一分遅らせる。その代わり、綱を引いた者の寿命が一年縮む。
鐘番長は鍵を隠していた。
「一分で何が変わる。おまえまで死に急ぐな」
ロワナは予備鍵を袖から出した。毎日油を差し、ひびを点検してきたのは自分だ。鍵の置き場所も知っている。
彼女は二十五歳だった。来春には王宮を辞め、同室の侍女と二人で小さな洗濯屋を開く予定だった。店先に青い布を掛けよう。朝は交代で寝坊しよう。結婚しても、しなくても、一人になったほうがもう一人の老後を見る。昨夜まで、未来は冗談にできるほど長かった。
最初の鐘を鳴らした。
重い音が空へ広がる。東の白さが少し戻った。指の節に細い皺が一本増えた。
二度、三度。庭の役人たちが空を見上げる。鐘番長が階段を駆け上がってくる。
六度目で、ロワナの黒髪に銀が混じった。
「やめろ!」
「まだ来ていません」
九度目。息が浅くなる。洗濯屋の開店日が、手の届かない遠さへ移っていく。老後を笑った相手は下で、首を垂れている。
十一度目を鳴らしたとき、城門の向こうに馬が見えた。使いの少年だ。けれど橋の手前で馬が雪に脚を取られた。
あと一分あれば届く。
ロワナは綱を握り直した。十二年後の自分を想像する。青い布、石鹸の匂い、店の奥で眠る猫。どこまでが消える一年なのかは分からない。最期から順に奪われるだけだ。
十二度目の鐘が鳴った。
馬が橋を越え、帳簿を掲げた少年が庭へ転がり込む。役人が処刑人の腕を止めた。
ロワナは綱から手を離した。掌は、見覚えのない年老いた手になっていた。
下から同室の侍女が彼女を見つけ、泣きながら何度も何度も頭を下げる。
ロワナは銀の混じった髪を押さえ、二人で選んだ店の名前だけは、忘れないうちに口にした。