十八歳の接続権

砥上奏多は、十八歳の誕生日まで、死んだ両親へ電話できなかった。

未成年者の人格形成を守るため、死者回線への接続には成人資格が要る。交通事故で両親を失ったのは三歳のとき。奏多は、父の友人だった三枝みのりに育てられた。

壁には両親の写真があった。母・果歩はいつも笑い、父・崇文は奏多を高く抱いていた。奏多は二人を、失敗しない理想の親として育てた。小学校の作文には、会った記憶のない父との釣りを書き、中学では母なら許したはずの門限を持ち出した。みのりに叱られるたび、「本当の母さんなら分かってくれた」と言った。

十八歳の午前零時、奏多は自室で番号を押した。

『もしもし! 奏多?』

『ちょっと、僕が先に話す約束だろ』

『あなたは説明が長いのよ』

二人は、最初から言い争っていた。

奏多が大学進学を報告すると、父は国立を勧め、母は「好きな方でいい」と言った直後に学費を心配した。写真の中の完璧な両親は、三十分の通話で、心配性と見栄っ張りの普通の夫婦になった。

「どうして、みのりさんに僕を預けたの」

奏多はずっと聞きたかった。親戚ではない彼女が選ばれたのは、両親が戻るまでの一時的な代理だと思っていた。

『預けたんじゃない』と父が言った。

『あの人なら、私たちより長くあなたの味方でいられると思ったの』と母が続けた。

「でも、本当の家族じゃない」

向こうで二人が同時に怒った。

『それを決めるのは血じゃない』

『十八年いて、まだ分からないの?』

通話終了まで一分。

奏多は急に、もっと優しい言葉を聞きたくなった。愛している、会いたかった、立派になった。けれど母は「靴下を床に置く癖、直った?」と尋ね、父は「みのりに学費の礼を言え」と言った。

回線が切れたあと、奏多は泣きながら笑った。

台所へ行くと、みのりが眠らずに待っていた。

「どうだった?」

「うるさかった」

「そう」

「母さんと父さんが、母さんに礼を言えって」

同じ呼び名が三人の間に転がり、奏多は少し照れた。

みのりは一瞬、誰のことか分からない顔をした。

奏多は初めて、言い直さなかった。