十四日目の眠茸領
火群トキワの領地には、十四日ごとに巨大な茸が一晩だけ現れる。
傘の裏から零れる青い胞子は、眠れない者の薬になる。夜露を集める硝子管が胞子を吸い、夜明けまでに小瓶へ分ける。薬師組合が定期購入し、空瓶の補充も代金の振替も転送陣が済ませた。朝には茸そのものが土へ溶け、次の十四日まで森はただの静かな森へ戻る。
トキワは以前、王立薬品院の夜勤調合師だった。
白衣の裾は薬液で黄ばみ、肘は台に擦れて穴が空いている。眠り薬を作る本人が三日眠れないこともあり、退職した今も通信札には緊急処方の未読が積み重なっていた。
最初の収益通知は、茸が消えた朝に届いた。
〈安眠胞子六十瓶、検品・売却完了。領地維持費控除後、十四日分の生活費を入金しました〉
十四日分。その響きだけで、肩から重いものが落ちた。
薬品院では、完成数が多いほど次の注文が増えた。だが森の硝子管は六十瓶で栓を閉じ、余った胞子を苔へ返す。トキワが七十瓶に増やそうと空瓶を置いても、管は見向きもしなかった。「必要以上は薬ではなく負担になる」と、古い領地碑に刻まれていた。彼女はその言葉を指でなぞり、自分にも同じ上限があってよかったのだと、ようやく思った。
昼前、元院長が映像鏡に現れた。
『王族用の眠り薬が足りない。今日中に戻りなさい』
「原料なら、組合へ六十瓶出しました」
『調合できる者がいないのだ。お前が辞めるからだぞ』
「辞める三か月前に後任を頼みました」
『今さら言い訳を――報酬は好きなだけ出す』
トキワは笑った。薬品院で欲しかったのは、報酬ではなく一晩の睡眠だった。今、森はその願いを十四日分まとめて渡してくれている。
「好きなだけなら、時間をください。戻らない時間を」
『ふざけるな』
「真面目です。だから断ります」
鏡を裏返し、通信札を引き出しへ入れる。
茸があった場所には、柔らかな苔だけが残っていた。トキワはそこへ毛布を敷き、昼なのに横になる。薬も、鐘も、当直表も要らない。
次に目を覚ます時刻は、森と自分に任せることにした。