午前二時の確認電話
午前二時、天井の警報器が一度だけ鳴った。
紀帆はベッドから跳ね起き、煙の匂いがないことを確かめた。誤作動だったらしい。脚立に乗って電池を外すまで、部屋には自分の荒い息しかなかった。
床へ降りた瞬間、足首をひねった。
大した痛みではない。それでも、もし頭を打っていたら、と考えた。朝まで誰にも気づかれない。次の日も、その次の日も、予定がなければ不在を疑われないかもしれない。宅配便の不在票だけが増え、誰かがドアを開ける理由になるまで時間がかかる。想像は大げさだと笑おうとしても、足首は脈打っていた。
二十九歳で独身であることは、自由な予定表を持つことだと思っていた。けれど白い予定表は、消えたときの発見を遅らせる紙にも見えた。
翌日、紀帆は自治体の見守りサービスへ電話した。毎晩決まった時刻に自動音声がかかり、ボタンを押さなければセンターから確認が来る。月額は千二百円。
担当者は二つのコースを説明した。
「連絡先登録ありと、センター対応のみがあります。お一人暮らしの若い方は、登録なしを選ぶことも多いですよ」
連絡先を頼めない人だと思われたくなくて、紀帆はセンター対応だけを選びかけた。誰にも知られず、金で安全を買うほうが潔い気がした。
だが、電話口で足首の鈍い痛みを感じた。
「登録ありにします」
友人へ事情を伝えるメッセージを書く。〈大げさかもしれないけど〉という前置きを消し、〈緊急時の連絡を受けてほしい〉とだけ送った。返事は、〈了解。私も登録したら頼む〉だった。
初回の確認電話は、その夜十時に鳴った。
自動音声が「異常がなければ一を」と告げる。紀帆は一を押した。たったそれだけで、独身の不安が消えるわけではない。毎晩の電話がわずらわしくなり、解約する日も来るかもしれない。
それでも、助けが必要になる可能性を恥じない仕組みを、自分で選んだ。
通話終了の音がして、部屋はまた静かになった。紀帆はその静けさを、誰にも届かない無音ではなく、今夜は無事だと一度外へ伝えたあとの静けさとして聞いた。