原因欄は一行ではない
汐見詩乃は、報告書の原因欄へ自分の名前を書く癖があった。
ゲーム会社の進行管理。配信日が遅れれば《確認不足》、仕様が食い違えば《共有不足》、担当者が足りなければ《調整不足》。自分の不足にまとめれば、会議は短く終わる。誰かを責めずに済み、「次から気をつけます」で話を閉じられた。
その方法で三年働き、詩乃は眠れなくなった。
大型イベントの更新前夜、最終確認で重大な表示崩れが見つかった。公開は一日延期になり、翌朝までに経緯報告が必要になった。詩乃は空の書式を開く。
《原因:進行担当者による確認不足》
いつもの一文を打ったところで、指が止まった。
確認の時間は、本来二日あった。けれど前日に仕様が変わり、担当デザイナーは別案件と兼務し、テスト端末も一台しか空いていなかった。詩乃が見落とした箇所は確かにある。だから全部、自分のせいにできる。そうすれば、朝の会議で他部署と揉めずに済む。
画面の隅で、時計が午前二時を示していた。詩乃は昨日から同じ服を着ている。机の引き出しには、夕方に買ったおにぎりが残っていた。
彼女は原因欄の一文を消した。
代わりに三つ書いた。
《最終仕様の確定が予定より一日遅れたこと》
《確認担当が二案件を兼務していたこと》
《進行担当のチェック項目に表示幅の確認が不足していたこと》
最後の一つは自分の失敗だった。けれど、一つ目と二つ目まで引き受けるのはやめた。
文章は言い訳に見えるかもしれない。協調性がないと思われるかもしれない。詩乃は何度も「私の管理不足により」を足しかけ、そのたび消した。
報告書を送信し、パソコンを閉じる。問題は何も解決していない。朝になれば、誰かが反論し、会議は長くなるだろう。
詩乃は引き出しからおにぎりを出した。海苔は湿っていた。包装の裏に、賞味期限が小さく印刷されている。
午前二時十七分。まだ間に合う。
詩乃は報告書を開き直さず、冷えたご飯をひと口食べた。
原因欄には、もう彼女一人しか住んでいなかった頃の狭さはなかった。