反省の所有者
弓削直季が刑務所を出たとき、怒りはもう起こらなかった。暴力衝動を抑える脳内制御器と、出力制限つきの両腕が、感情の波を平らにしていた。
更生判定AIは、再犯率〇・七パーセントと告げた。面接官は安心し、近所の人も「別人みたい」と褒めた。
被害者の弟だけが言った。
「それ、おまえが反省してるんじゃなくて、機械が静かにしてるだけだろ」
直季にも分からなかった。事件を思い出せば、胸に適切な重さが生まれる。謝罪文を書けば、後悔の語彙が自動提案される。だがその感情は、自分のものなのか。
彼は保護司立会いのもと、制御器を十分間だけ停止した。
解除と同時に、世界が熱くなった。被害者の弟の顔が憎く見え、責められることへの怒りが噴き上がった。逃げたい、殴りたい、正当化したい。直季は椅子の肘掛けを握った。機械の腕は命令を待っていた。
その奥から、事件の夜の声が聞こえた。倒れた人が、自分ではなく、そばにいた娘の名前を呼んでいた。
直季は吐いた。泣き、床に額をつけた。
「隠していたことがある」
彼は裁判で黙っていた事実を話した。逃げる前、被害者の財布から金を取ったこと。証拠はなく、今さら刑期が増える可能性があった。
十分後、制御器が戻ると感情は静まった。だが告白を取り消したいとは思わなかった。
再審で刑は一年延びた。出所後、直季は制御器を外さなかった。ただし設定を「命令」から「助言」へ変えた。怒りが来れば警告はするが、止めるかどうかは彼が選ぶ。木工所で働き始めた初月、同僚に過去を罵られ、腕の出力が跳ね上がった。直季は警告を見ながら、工具を置き、外へ出た。誰にも褒められない小さな選択だった。
被害者の弟は、最後まで許さなかった。
それでよかった。被害者の家へ近づかず、返事を要求せず、毎月決まった額を補償へ送った。許しまで機械に生成されたくなかった。
直季は毎朝、震える手で作業服のボタンを留めた。反省とは正しい感情を持つことではなく、醜い感情があるまま、次の行動を自分で選び続けることだった。