右から三歩の埋蔵金
文化年間、隠居した材木問屋の主が、三人の子へ書き置きを残した。
〈埋めた金は、右から三歩〉
長男の彦六は庭へ飛び出した。
「玄関から見て右だ」
次女のお紺が袖をまくる。
「家へ入る向きなら左になるよ」
末弟の宗八は蔵を指した。
「親父は左利きだ。本人の右を基準にするはず」
「死んだ人間を庭に立たせる気かい」
「想像上でだ」
「想像上の親父に鍬を持たせるな」
三人はそれぞれ違う場所を三歩進み、掘り始めた。
「ここから古銭が出た!」
「寛永通宝一枚で勝ち名乗りするな」
「埋蔵金の先触れだ」
「さっきお前が落とした銭だよ」
噂を聞いた岡っ引き、植木屋、近所の隠居まで加わった。
「“右”とは右の蔵でしょう」と岡っ引き。
「いや、庭石の右肩だ」と植木屋。
「石に肩があるのか」
「職人には見える」
「なら職人だけで掘れ」
庭はたちまち穴だらけになった。池の鯉は桶へ避難し、梅の木は根を半分さらした。
岡っ引きは縄を張って庭を四つに分けた。
「出た金は掘った区画の者へ」
お紺が怒鳴る。
「父の庭を賭場にする気かい」
「揉め事を防ぐためだ」
「もう十分揉めてるよ」
宗八は一番広い区画へ札を立てた。
「ここは俺が先に唾をつけた」
「本当に唾をつけるんじゃない!」
さらに隣家の猫が穴へ入り、全員が“金の匂いを嗅ぎつけた”と追いかけた。猫は魚をくわえて逃げただけだった。
「三歩の歩幅も決めねえと」と宗八。
「親父の足は短かった」
「晩年は杖をついてた」
「一歩に杖を含めるか?」
「杖は第三の足だ」
「相続人が増えたみたいに言うな!」
そこへ、老犬が縁の下から出てきた。名をミギという。
「おや、ミギ。騒がしくして悪かったね」とお紺。
犬は欠伸をし、庭を一歩、二歩、三歩。古い井戸の脇で座った。
全員の鍬が止まった。
「右から三歩……」
「“右”じゃなくて、ミギから?」
犬の座った下を掘ると、油紙に包まれた小判が十枚出た。
歓声のあと、彦六は荒れ果てた庭を見回した。
植木屋が算盤を弾く。
「庭の修復に、小判十二枚ほど」
埋蔵金は、二枚足りなかった。