右手を残さない手術

神経再建手術から目覚めるたび、押切篤臣は右手で銀色の音叉をつまもうとした。

最初の握力は八%。成功条件は八十%。届かなければ、手術室の端末から執刀前の自分へ一文を送れた。

〈尺骨側を三ミリ浅く縫合しろ。〉

送信すると麻酔の匂いが戻り、医師が同じ質問をした。

「右手で、また研究を続けたいですか」

篤臣は毎回「はい」と答えた。彼は義肢研究者で、事故で利き手の神経を失っていた。この手術が成功すれば、自分の神経モデルを製品化できる。研究所の存続も決まる。

二周目は握力二十三%。五周目は四十九%。音叉は持てても鳴らせない。八周目、未来の自分は一文をさらに細かくした。

〈尺骨側三ミリ浅く、移植片を四度内旋、固定は十七分遅らせろ。〉

十一周目、握力八十四%。篤臣は音叉を鳴らした。澄んだ音が病室に伸び、研究所から契約成立の通知が届く。

しかし退院前検査で、再建部位に急速な細胞増殖が見つかった。時間を越えて修正された移植片は、周回ごとの差分をすべて保持し、数年分の分裂を一日に重ねていた。三か月以内に悪性化する可能性九十七%。切除すれば右腕は肘から先を失う。

端末は成功した術式を確定する一文を求めた。

医師は言った。

「もう一度送れば、腫瘍化しない縫合を探せるかもしれない」

また音叉を持つ未来を試す。そのたび細胞は別の失敗を覚える。篤臣は右手で入力欄を開いた。八十四%の指が、初めて思い通りに動いた。

そして書いた。

〈再建を中止し、右腕を肘下で切断して全術式データを消去しろ。〉

麻酔の匂い。

「右手で、また研究を続けたいですか」

篤臣は「いいえ」と答えた。

手術後、右袖は途中で折り返され、研究所は契約を失って閉鎖した。論文も特許も消えた。自ら選んだ切断だとして保険の追加給付も認められず、篤臣は実験機材を売って義手代に充てた。退院の日、彼は左手で音叉をつまみ、三度落としてから、四度目に鳴らした。

音は少し濁った。それでも病室の時計は先へ進み、同じ質問は二度と戻らなかった。