名前のない図面
真柴央の図面から、人の名前だけが消えた。
市立図書館の設計競技へ出す案だった。雨水を細い水路へ導き、子どもの閲覧席まで光を反射させる。狭間口芳樹は模型を見たとき、「遊びだ」と一度突き返した。
央は透明板の下へ銀紙を一ミリずつ貼り、曇天でも読書机へ光が届く角度を探した。狭間口は完成した模型の水路へ指を入れ、「子どもっぽい」と一部を折った。それでも翌朝、折れた箇所だけきれいに直された模型を自分の車へ積んだ。央の指には接着剤が乾いて白く残り、狭間口はそれを見ても資料箱を持てとだけ言った。央は折れ目が光を遮らないことを確かめてから、箱の蓋を閉じた。
その三日後、央は深夜まで模型を作り直すよう命じられた。
「代表者欄は私にしておく。若い設計者では審査員が不安になる」
「匿名審査のはずです」
「受賞後の話だ。君は模型担当で十分」
提出日の朝、図面の表紙には《設計責任者・狭間口芳樹》。央の名はスタッフ一覧の末尾にもなかった。
審査結果の公開日、事務所全員が市庁舎のホールへ集められた。最優秀案は、雨の日に本棚の間へ光が揺れる設計。スクリーンへ映った瞬間、狭間口は立ち上がり、周囲へ頭を下げた。
「私の原点に戻った案です」
央は最後列で、模型箱を抱えていた。
審査委員長は受賞者を壇上へ呼ぶ前に、匿名登録の照合を行うと告げた。応募時、各社は改ざん防止のため、設計責任者と共同者を専用サイトへ登録する。締切後は変更できない。
狭間口が小声で央へ言った。
「登録は私の名に直したよな」
「最初に指示されたとおり、案を作った人を登録しました」
委員長が封印された照合票を開く。
狭間口は壇上へ一歩出た。
「当社の案です。代表として私が――」
スクリーンに登録情報が映った。設計責任者の欄には《真柴央》。狭間口の名は、提出連絡者として一行下にあった。
委員長は最後列を見つけ、中央の階段を示した。
「最優秀設計者、真柴央さん。壇上へお願いします」