名前を三つ書く
遠矢昴生は、投票用紙に三人全員の名前を書いた。
〈遠矢昴生、賀茂川冬馬、木暮胡桃〉
冬馬が失笑する。
「一名を当てるゲームだぞ」
「規則のどこに一名とある?」
壁にはこう記されていた。
〈投票用紙に、裏切り者を含む人物名を記した者を解放する〉
裏切り者は三人のうち一人。冬馬は胡桃を疑い、胡桃は昴生を疑っていた。昴生だけが、文章の焦点を「裏切り者を記せ」ではなく、「裏切り者を含む人物名」に置いた。
三人全員の名前を書けば、その列には必ず裏切り者が含まれる。
『それは投票ではなく名簿です』
「用紙へ人物名を記す行為を、あなたが投票と定義した。人数制限はない」
『複数候補は無効とするのが常識です』
「常識をルールに後付けする方が無効だよ」
残り一分。胡桃が自分の用紙へ二人目の名前を書き足そうとしたが、インクは最初の一文字を書いた時点で固まる特殊仕様だった。主催者は、迷いを許さない演出のために書き直しを封じている。
昴生は開始直後、迷わず三名を書き切った。ペン先を一度も紙から離さず、読点でつないだため、装置は一回の記入として受理していた。
冬馬が睨む。
「自分が裏切り者なら、自分まで助けるのか」
「規則は裏切り者を処刑するとは言ってない。正しい用紙を書いた者を解放するだけだ」
ゼロ。
文字認識装置が三つの名前を読み上げる。
〈裏切り者、賀茂川冬馬〉
〈遠矢昴生の記載列に、賀茂川冬馬を確認〉
〈条件成立〉
昴生の首輪が外れた。冬馬は正体を暴かれた驚きより、自分も名簿に含まれていたことに顔を歪める。
『推理を放棄した回答です』
「違う。確実性を最大にした回答だ」
昴生は長い三人分の名前を指でなぞった。
「あなたは疑いを狭めることだけが頭脳戦だと思ってる。でも、答えの集合を広げて正解を逃がさないのも論理だよ」
出口が開き、用紙の三つの名前だけが、最後まで同じ一行に並んでいた。