四〇三号室のわたあめ

岬森結花の荷物が、隣の四〇三号室へ誤配された。

帰宅すると、玄関前に白い箱とメモが置かれている。

〈未開封です。宛名の「わたあめ北口」さんへ〉

「わたあめ北口」は、結花がアイドルLAMP/7を応援するために使っている名前だった。新曲の歌詞解釈を毎週書き、フォロワーは多い。通販サイトの配送名を変更したまま、戻し忘れていた。

隣人とは、引っ越しの挨拶以来ほとんど話していない。廊下で会えば会釈する程度だ。結花は箱を抱えたまま、アカウントを非公開にした。

翌朝、四〇三号室の扉が同時に開いた。出てきた女性は、結花を見るなり足を止めた。

「昨日の宛名、忘れます。だから安心してください」

そう言って、鞄のファスナーについた古いLAMP/7のチャームを手で隠した。

結花は逆に、その仕草で気づいた。アカウントへいつも短い感想をくれる「四角い雲」。プロフィールに、壁の薄い部屋で静かに暮らしていると書いていた人だ。

「四角い雲さん?」

今度は隣人の顔が青くなった。

二人は廊下でしばらく黙ったあと、同時に「誰にも言いません」と言った。

隣人は「四角い雲」と名乗るときだけ、転職に失敗したことや友人と疎遠になったことを書けたという。結花も「わたあめ北口」なら、普段の自分には似合わない長い感想を投稿できた。顔を知ったからといって、その役割まで終わらせる必要はない。二人は互いの本名を知りながら、廊下ではあえて名字で呼び合うことにした。

笑いが漏れた。

休日、結花は非公開設定を戻した。ただし隣人とは相互フォローにならなかった。オンラインで知らないからこそ書けることもある、と二人で決めたのだ。

その代わり、ライブ配信の日だけ、壁を二回軽く叩く合図を作った。音量が大きいという苦情ではない。同じところで泣いた、の印だった。

次の新曲の夜、隣から二回響いた。結花も二回返し、画面へ向き直った。

名前を知っても、秘密を全部開けなくていい。その距離もまた、好きなものを守る方法だった。