四十五分の撤収

展示会の閉場アナウンスが流れると、大槻仁奈の上司は派遣スタッフへ言った。

「十八時で打刻して。あとの撤収は、みんなで少し協力してね」

壁面パネル、照明、パンフレット二千部。予定どおりでも片付けには四十五分かかる。スタッフの一人が、打刻機の前で小さく尋ねた。

「この時間は、勤務に入らないんですか」

別のスタッフは十九時の保育園迎えがあると言い、もう一人は終電まで二本しかないとスマートフォンを見せた。募集要項には十八時終了とあり、撤収協力の記載はない。仁奈は、好意という名前に変えられた四十五分が、それぞれの生活から引かれるのを見た。

上司は笑って、「次も呼んでもらうための気遣い」と答えた。仁奈は新人時代、同じ言葉で何度も終電を逃したことがある。今は運営担当で、撤収表には自分の名前が一番上にあった。

「まだ打刻しないでください」

仁奈は全員を止め、契約書を開いた。基本時間を超えた撤収は十五分単位で実費精算する、と小さく書かれている。見積書にはその行だけ金額が入っていなかったが、条項は消えていない。

上司は声を落とした。

「予算を守れない担当だと思われるよ。四十五分くらい、業界では普通だから」

仁奈は撤収物を三つに分けた。会場規則で今夜中に外すもの、明朝でもよいもの、主催社員が持ち帰れるもの。スタッフは安全確認の必要な照明とパネルだけを片付け、残りは社員側へ回した。それでも終了は十八時三十七分だった。

後輩がタイムシートを見ながら、「端数は十八時半でいいですか」と聞いた。

「働いた時刻を書いて。請求の都合で、人の時間を丸めない」

仁奈は全員分を十八時三十七分まで記録し、延長理由と作業写真を添えて主催者へ送った。上司が削除しようとした見積書の追加行には、契約どおりの金額を入れた。

帰りの電車で、来月の大型イベントを任せたいというメールが届いた。仁奈は返信欄に、必要人数と撤収時間を事前確保すること、無給作業を求めないことを書き加えた。

条件を満たす場合に限り引き受けます、と送信した。