四番目のモデレーター

逆井景嗣は、配信サービスの安全管理部へ入ったばかりだった。研修最終日の担当は、民俗資料館が公開する「面譜」のライブ解説。百枚の祭面を順に映すだけの地味な番組だった。

引き継ぎ資料には、先任者のメモが残っていた。

《作成日が空欄のアカウントを、モデレーターにしてはいけない》

管理権限を渡せばコメント削除や視聴者追放ができる。普通なら作成日が空欄になること自体あり得ない。面譜の解説では、祭面は死者の顔を家系から外し、共同体の持ち物にする道具だと説明されていた。

配信が始まると、三人の公式モデレーターに混じり、名前のないアカウントが現れた。作成日、メール、接続地域、すべて空欄。そいつだけが荒らしコメントを正確に消していく。

《有能じゃん。権限あげて》

出演者から社内チャットが来た。

景嗣は迷った末、緑色の「モデレーターに追加」を一度だけ押した。

四番目の盾アイコンが点灯した。

直後から、視聴者数が一人ずつ減り始めた。減るたび、百枚の面のどれかに新しい顔が浮かぶ。コメント欄では《追放された》《アプリから名前が消えた》という報告が流れ、それもすぐ削除された。

景嗣は権限を取り消そうとした。管理画面には《あなたには操作権限がありません》と出た。四番目のモデレーターが、所有者へ昇格していた。

監査ログには《閲覧者を素材へ変更》という見慣れない操作が人数分並んでいた。配信終了後、会社は障害として処理した。だが景嗣の社員アカウントだけ復旧しない。翌朝には同僚の連絡先からも彼の名前が消えていた。

母から電話があり、「家族のグループに知らない人がいる」と言われた。景嗣がスマホを開くと、家族チャットの管理者が空欄のアカウントへ変わっていた。

【管理者が写真を1件削除しました】

幼稚園の景嗣が消えた。

【管理者がメンバー情報を更新しました】

母のプロフィールから「息子」の欄が消えた。

最後に通知が出た。

【管理者が逆井景嗣をグループから削除しました】

画面が暗転する直前、百枚目の祭面がアイコンとして表示された。その面には、景嗣の顔が作成途中のまま貼りついていた。