四秒だけの英雄

玲央が王都幻影劇場へ呼ばれた夜、千席の客席から欠伸が波のように広がっていた。

西方で大人気の英雄劇を、巨大な水晶幕に映している。初日は満席だったが、三日目の今は半分が空席。映像の下には王国語の翻訳が光るが、一つの台詞が五行もある。客が読み終える前に次の場面へ進み、笑う場所では沈黙し、剣が刺さってから「危ない!」という字幕が出た。

「原文を一語も削っていない完璧な翻訳だ」

宮廷学者は誇らしげだった。

前世で映像字幕を作っていた玲央は、上映を止めずに翻訳板へ座った。次の場面まで十二分。失敗すれば、その夜で公演は打ち切りだ。彼は英雄の長広舌を読み、意味の芯だけを拾う。

『私が幼少期より抱き続けてきた恐怖は、今日この場所で、皆を守りたいという決意によって克服されることとなろう』

それを二行にした。

『怖いさ。

だから、俺が前に立つ。』

一行十四字以内。四秒で消す。台詞を足さず、画面に映っている剣や涙は訳文から捨てる。字幕を読む間も役者の顔が見えるよう、二行を超えさせなかった。

再開後、英雄が振り返った。

『怖いさ。』

客席が静まる。

『だから、俺が前に立つ。』

次の瞬間、千人が同時に息を呑んだ。英雄が扉を蹴破ると拍手が起き、相棒の冗談には映像と同じ瞬間に笑いが弾けた。前列の少年は母親へ意味を尋ねるのをやめ、幕から一度も目を離さない。終幕では、字幕が消えてから剣が地面へ落ちる音だけが響いた。

終幕後、立ち去る客より先に再上映を求める拍手が三度起きた。上映後の満足票は、昨日の三百十二票から九百四十一票へ上がった。払い戻し窓口には一人も並ばず、逆に翌日の券売所へ百七十人が走った。

宮廷学者は「語彙の損失だ」と叫んだ。

劇場主は売上板を指した。完売まで七分。三週間赤字だった公演が、その場で黒字へ変わる。

劇場主は学者の分厚い訳稿を閉じ、玲央の十四字の板を舞台中央へ置いた。

「残り二十八話、全部四秒で読める言葉にしてくれ」

彼は年間契約書へ署名した。

「王都幻影劇場の字幕監督は、今日から君だ」