土曜を通過する終電

土曜日が消える路線では、金曜二十三時五十八分発の終電が、地下の長いトンネルを抜けて日曜零時二分に着く。通過中、乗客は席を替えてはいけない。空席に荷物を置くのも禁止だ。土曜日は座る人の数を間違えるからである。

九鬼戸玲央は、その終電の車掌だった。

乗客は十三人。座席表にも十三の印をつけた。発車後、最後尾から見回ると、三十四番席に黄色い傘が立てかけられていた。持ち主は見当たらない。

「荷物は膝の上へお願いします」

声をかけると、向かいの老婦人が言った。

「それは人ですよ」

玲央は座席表を見た。三十四番は空席だ。だが規則上、人だと言われた荷物を動かしてはいけない。彼は黄色い傘を十四人目として数え直した。

トンネルに入る。照明が一度消え、窓の外に土曜日の駅が並んだ。時刻表にはないホーム。ベンチには、乗れなかった人たちが座っている。誰も手を振らない。

黄色い傘が倒れた。先端が玲央の靴に触れた。

それは八年前、同僚の千景が使っていた傘と同じだった。千景はこの終電で事故に遭い、土曜日に取り残された。死亡時刻は記録できず、会社では今も長期欠勤扱いになっている。

玲央は傘を拾おうとした。老婦人が首を振る。

「席を立たせたら、代わりに座らされますよ」

車掌も規則の対象だ。

車内放送が鳴った。玲央の声ではない。

『次は、土曜日。お降りの方は、忘れ物を一つお持ちください』

黄色い傘の柄から、小さな鍵が滑り落ちた。千景のロッカーの鍵だった。玲央は八年間、返せずに制服のポケットへ入れていたはずだ。触るとポケットは空だった。

トンネルの中ほどで列車が減速した。土曜日のホームに、千景が立っていた。制服姿のまま、傘を持たず、片手を差し出している。

玲央は非常レバーに手をかけた。しかし列車を止めれば、全員が席を失う。彼はレバーから手を離し、鍵だけを窓の隙間から落とした。

日曜の駅へ着いたとき、乗客は十三人だった。三十四番席も空だった。

終点確認で座面を上げると、黄色い傘の水滴が円形に残っていた。その中央に、土曜日の日付が刻まれた真鍮のロッカー札が貼りついていた。