地図を売ったのは誰か

戦勝祈願の夜会で、ケルシア・ノルヴァンは反逆者と呼ばれた。

「東部要塞の進軍図が敵国へ渡った」

 王太子ユーグレンは、軍楽隊を止めて宣言した。

「地図庫の管理を任されていたのは君だ。国家を売った女を妃にはできない。婚約を破棄し、拘束する」

 新たな寵姫アマベルが、悲痛な顔で王太子の肩へ触れた。

「ケルシア様にも、きっと事情が……」

「事情はありません」

 ケルシアは両手を衛兵へ差し出さず、腰の鍵束だけを外した。

「地図庫へ入った者は、入室指輪に記録されます。調べてください」

 総司令官ロッゲンが一人、輪の中へ進み出た。遠征帰りの礼装には、まだ砂漠の埃が残っている。

 彼が掲げたのは、地図庫の扉にはめ込まれていた黒曜の入室環だった。触れた指輪の紋章を、三十日分だけ内側へ刻む唯一の記録具である。

 ロッゲンが環を割ると、光の文字が宙へ並んだ。

 ケルシアの紋章は、二十八日前の棚卸し一度だけ。

 進軍図が消えた三日前に刻まれていたのは、王太子ユーグレンの紋章だった。

 その場の空気が、凍った。

「私は地図を確認しただけだ!」ユーグレンが叫ぶ。

「王太子殿下には、地図庫への入室権がない」とロッゲンは答えた。「婚約者から鍵を預かったと虚偽申告なさった記録も、この環に含まれている」

 アマベルが王太子の肩から手を離した。ユーグレンは「君も見ただろう」と同意を求めたが、彼女は目を伏せる。罪を分ける相手すら、彼の隣には残らなかった。

 ケルシアは怒鳴り声より、地図のない戦場を思った。売られた一枚のために、兵が何人帰らなかったか。今夜も、遺族は戦勝を祝う灯りの外にいる。婚約を惜しむ余地などなかった。

「ケルシア、誤解だ。王家のための偽装だった。君なら分かるだろう。婚約破棄は撤回する」

「分かりました」

 彼女は鍵束を床へ置いた。

「殿下が、国よりご自分を守る方だということが」

 ロッゲンが手を差し出す。

「北方軍参謀部には、地図を守る者ではなく、地図の先にいる兵を見る者が要る」

 ケルシアは王太子に背を向け、砂埃の残るその手を取った。