坑道の翡翠兎は疫病ではない
宝石坑の最深部で、緑色の巨兎が発見された。
耳は鍾乳石ほど長く、吐息のたび壁から若芽が生える。大地を豊かにする聖獣、翡翠兎だ。しかし鉱夫たちは喜ぶどころか、坑道の入口まで逃げ戻った。
「目が赤い。石病に違いない!」
「穴ごと塞げ。山を腐らせるぞ!」
鉱石選別係のポルは、運び出された屑石の中に血の跡を見つけた。
赤い目は兎なら普通だ。問題は、同じ場所に落ちている透明な結晶片だった。刃物より鋭い水晶が、柔らかな足裏へ刺さったのではないか。
ポルは誰にも許可を取らず、手押し車に藁と水を積んで坑道へ入った。
奥では翡翠兎が岩壁に背をつけ、後脚で地面を打っていた。振動で砂が降り、支柱が軋む。確かに怖い。だがポルは、打ちつけるたび兎の片脚が震えるのを見た。
「山を壊したいんじゃなくて、足を地面につけられないんだね」
灯りを床へ置き、ポルは藁の上に自分の素足を載せた。害がないと示すように水で洗い、布で拭く。
巨兎の鼻が忙しく動いた。
近づけたのは三歩までだった。そこから先は、兎が決めるのを待つ。
やがて翡翠兎は長い耳を伏せ、傷ついた後脚を藁の上へ出した。足裏の毛は血と鉱粉で固まり、その中央に水晶の欠片が三本刺さっている。
ポルは鉱石用の細い挟みで一本ずつ抜いた。最後の欠片は深く、兎が歯を鳴らすたび手を止める。抜けた穴を水で洗い、砕いた苔薬を詰めて包帯を巻いた。
すると兎の腹が、きゅるる、と坑道中へ響いた。
「疫病じゃなくて、空腹まで我慢してたのか」
弁当の葉野菜を差し出すと、一籠分が瞬く間になくなった。兎はさらにポルの空の弁当箱まで舐め、ようやく満足そうに耳を揺らす。
外から監督官の声が響く。
「生きているなら捕獲しろ! 聖獣の毛は高く売れる!」
翡翠兎は立ち上がった。坑道が揺れるほどの巨体でポルを見下ろし、次いで彼の前にぺたりと腹をつける。額の緑石が光り、ポルの手の甲へ双葉の印が刻まれた。
帰りの手押し車には鉱石ではなく、丸くなった翡翠兎が乗った。
ポルの腿に押しつけられた頬毛は苔よりふかふかで、土の中にいたとは思えないほど温かい。車輪が軋む重ささえ、今日だけは宝石より価値があった。