大理石に残る『ひざまずけ』
王宮の迎賓広間で、発明工マルチェラ・ウィンは、新型の浄水器を外国使節へ説明していた。
そこへディオルグ・ラザン伯爵が割り込み、装置の金管を杖で叩いた。
「平民が使節と同じ高さに立つな。ひざまずけ」
マルチェラが動かないと、伯爵は護衛へ命じて肩を押さえさせた。さらに設計箱を奪い、自分の従者へ渡す。
「この装置は伯爵家が献上したことにする。おまえは工房で歯車でも磨いていればよい」
使節たちの前で、悪事は一場面に揃った。身分を盾にした侮辱と、発明の強奪である。
マルチェラは床に片膝をついたまま、譲渡受領書を差し出した。
「では、伯爵家が発明者であり、設計箱を無償で受け取ったとご署名ください」
「物分かりだけはよいな」
ディオルグは〈発明者ディオルグ・ラザン。平民工より自発的献上を受領〉と書き、家紋印を押した。ついでに彼女へ顔を近づける。
「逆らえば、おまえの工房など明日には瓦礫だ」
その瞬間、白い大理石の床に青い文字が走った。
迎賓広間は、外交上の争いを防ぐため、会話と立ち位置を床石へ記録する。使節が滞在中は一言も消せない。〈ひざまずけ〉、〈献上したことにする〉、〈瓦礫だ〉。伯爵の声が文字となり、彼の靴元から次々に浮かび上がった。
外国使節の代表が、設計箱を開く。中には部品ごとの製作者紋と、完成までの試験記録がある。すべてマルチェラの名で、伯爵の名は一本のねじにもなかった。
「この箱は偽物だ。私の言葉も、平民に誘導された!」
王宮儀典長が受領書を持ち上げた。
「署名は自発的になさった。しかも床の記録によれば、脅迫の後です」
マルチェラは立ち上がり、膝についた埃を払った。使節代表が浄水器の試験栓を開くと、濁った水が透明になって銀杯へ落ちる。広間で価値を証明したのは爵位ではなく、彼女の装置だった。使節たちが杯を掲げた敬意も、マルチェラにだけ向けられていた。
儀典長は王命書を開いた。
「ディオルグ・ラザン。外交妨害、発明権侵害および脅迫の容疑により、近衛隊は貴殿を拘束せよ」