婚姻誤差一ポイント
国枝直央は毎朝、恋人の茉都と同じカフェで朝食を取る。決済後、二人の信用点数がカップに表示される。直央八二三、茉都八一二。婚姻基準の八百を、どちらも余裕で超えていた。
市役所の婚姻端末でも、最初の判定は緑だった。
《申請者一:八二三》
《申請者二:八一二》
《双方の意思を確認します》
画面が尋ねる。
《信用最適化された推奨配偶者ではなく、国枝直央さんを選択しますか》
茉都は吹き出した。
「ずいぶん失礼だね」
迷わず《はい》を押す。
直後、数字が変わった。
《将来信用を損なう選択を確認》
《茉都さん:七九九》
《婚姻基準未達》
「一ポイント?」
直央が再判定を押すと、申請が取り消され、茉都の点数は八一二へ戻った。
もう一度、婚姻を申請する。
もう一度、茉都が直央を選ぶ。
七九九。不承認。
「俺を選ぶこと自体が、減点なのか」
窓口担当者は画面越しに頷いた。
「推奨との差が大きい選択は、判断力の信用に反映されます。婚姻しなければ点数は維持されます」
茉都の推奨相手は、会ったこともない九六〇点の男性だった。年齢、収入、病歴、親族の点数まで最適だという。
直央は自分側の質問を進めた。
《推奨配偶者ではなく、茉都さんを選択しますか》
《はい》。
彼の点数も八二三から八〇七へ落ちた。それでも八百を超えている。
「俺だけ通るのかよ」
二人で笑った。笑うしかなかった。
茉都が端末へ尋ねた。
「七九九から一ポイント上げて、その場で申請できませんか」
「婚姻意思を撤回すれば八一二へ戻ります」
「撤回しないまま上げる方法は?」
「現在の点数は、あなたの選択を正しく反映しています」
申請時間の残りが一分になる。
直央は画面の推奨相手欄を消し、茉都の手を握った。
「紙だけ後でいい。式はやろう」
「後って、いつ?」
答えられなかった。茉都が直央を選ぶ限り、彼女は七九九だった。
残り十秒。
茉都は婚姻意思の撤回を押した。数字が八一二へ戻る。端末が明るい音を鳴らした。
《信用状態が改善しました》
「ほら、私、信用できる人に戻った」
茉都はそう言って笑い、涙を拭いた。
市役所を出る二人の端末には、推奨相手との面談案内が届いていた。直央を愛していない茉都だけが、結婚できる点数を持っていた。