将棋盤の昼寝
祖父の誠志郎は、将棋の途中でよく眠る。
孫の冬馬が一手指し、返事を待っていると、座椅子にもたれたまま目を閉じる。
「じいちゃん、番だよ」
声をかけても起きない。冬馬は盤面を眺め、勝手に二手先まで考える。
昔は誠志郎のほうが待てなかった。孫が迷うと、「日が暮れる」と急かした。今は一局が昼から夕方まで続く。
ある日、祖父が眠っている間に、飼い犬が盤へ尾を当てた。歩が二枚倒れ、金が畳へ落ちる。
冬馬は元の位置を思い出せなかった。
誠志郎が目を覚ます。
「盤が変だな」
「犬が」
祖父はしばらく考え、倒れた駒を駒台へ置いた。
「じゃあ、ここから別の将棋だ」
厳密には反則だが、そのまま続けた。互いに歩が足りず、いつもと違う道ができる。
夕方、祖母が焼き芋を持ってきた。盤を端へ寄せ、二人で食べる。甘い湯気が駒へ移った。
結局、勝負はつかなかった。外が暗くなり、冬馬は帰る時間になる。
「次までこのまま?」
「動かすなよ」
誠志郎は新聞紙を盤へかぶせた。
翌週、新聞を取ると、駒は同じ場所にあった。焼き芋の欠片が一つ、金のそばで乾いている。
冬馬が考え始めると、誠志郎はまた目を閉じた。盤の木と芋の甘い匂いの中、祖父の寝息も一手として、ゆっくり時間を進めていた。
新聞紙の下の将棋は、一か月経っても終わらなかった。誠志郎は前回の手を忘れ、冬馬は覚えているふりをした。二人で盤面を作り直し、また別の続きから始める。祖母は今度、干し柿を持ってきた。駒を持つ指が粉をまとい、盤の角へ甘い欠片が落ちる。誠志郎が眠ると、冬馬は急かさず新聞を読んだ。やがて祖父が目を開け、「日が暮れたか」と訊く。まだ午後三時だった。窓の日差しと干し柿の匂いが、勝敗のない一局をもう少し長くした。
春、誠志郎は駒の文字が見づらいと言い、冬馬が大きな文字の駒を買った。古い駒も捨てず、混ぜて使う。新旧の木の色が違う盤上で、祖父の指だけは迷わず王将へ触れた。