屋上にだけ咲く朝顔

夏休みの補習を抜け出した彼女は、屋上で朝顔の数を数えていた。

「二十九、三十……昨日より三つ増えた」

フェンスに沿って伸びたつるは、青や紫の花をいくつも開いていた。授業中の屋上は立入禁止だ。僕は彼女を連れ戻すよう先生に言われて来たのに、いつの間にか隣で数えていた。

「三十七」

「そっちは昨日も咲いてた」

「見分けつくの?」

「毎朝見てるから」

彼女は二学期から学校へ来ない。病気が悪くなり、遠くの病院へ移ることになった。クラスでは誰も、その話を正面からしなかった。励ます言葉を探すうち、夏休みになってしまった。

「種、取れるかな」

彼女がつるを指でたどった。

「秋までいれば」

言った瞬間、失敗したと思った。

けれど彼女は怒らず、「いないから頼んでるんだけど」と笑った。

風が花を揺らした。朝顔は昼前にはしぼむ。僕らが見ている間にも、紫の花びらが少しずつ力を失っていた。

「怖くないの」

僕が聞くと、彼女の指が止まった。

しばらく、校庭から蝉の声だけが上がってきた。

「怖いよ」

初めて聞く声だった。

「病院も、手術も。戻ってきたとき、みんなが先に進んでるのも」

僕は何か言おうとした。大丈夫、待ってる、すぐ戻れる。どれも薄かった。

彼女はしぼみかけた花を一つ摘んだ。

「でも、怖いって言うと、本当に怖くなるから」

僕は花を受け取り、制服の胸ポケットへ入れた。紫の汁が少しにじんだ。

「じゃあ、今日だけ言えば」

「今日だけ?」

「ここ、立入禁止だから。言ったことも外へ出ない」

彼女はうつむいた。それから、怖い、ともう一度言った。僕はうなずいた。励まさなかった。ただ、朝顔の数を最初から数え直した。

三十七ではなく、三十八咲いていた。

翌年、僕は採った種を屋上にまいた。先生には見つかり、反省文を書かされた。理由の欄には「共犯者との約束」と書いた。

夏の終わり、病院から一枚の写真が届いた。窓辺の鉢に、青い朝顔が一つ咲いていた。

裏には、彼女の字でこうあった。

『こっちは一。そっちは?』

僕は屋上へ上がり、数えた。風に揺れる花を、一つも飛ばさないように。