嵐天馬の蹄の裏

王立厩舎へ嵐天馬が飛び込んだ日、名馬たちは一斉に膝を折った。

銀の翼が風を巻き、雷雲が天井近くに集まる。騎士団長は「暴風の神獣だ、射落とせ」と命じた。

厩務員のエルナは、箒を握ったまま天馬の脚を見た。

四本のうち、左後脚だけが床につかない。

天馬は威嚇のたび翼を広げるのに、飛び立とうとはしなかった。飛べば着地しなければならないからだ。耳は騎士ではなく、床を打つ自分の蹄音へ向いている。エルナには、その怯え方まで覚えがあった。

「矢を待ってください」

「命が惜しくないのか」

「蹄を見れば分かります。あれでは飛ぶたび痛む」

天馬が翼を打つ。馬房の扉が吹き飛び、騎士たちが壁へ押しつけられた。

それでもエルナは、蹄掃除用の鉤を腰に差し、空いた馬房へ入った。

「私は乗らないよ」

かつて騎士候補だった彼女は、落馬で片脚を傷めて厩務員へ回された。だから、痛む脚を隠して立つ馬の癖だけは誰より知っている。

「足を上げて。支えるから」

嵐天馬の青い瞳が細くなる。

次の瞬間、銀の蹄が肩へ預けられた。重さで膝が沈む。

蹄裏には、魔晶石の鋭い欠片が食い込んでいた。飛行訓練場の砂に混じっていたものだ。

エルナは周りの泥を鉤で落とし、欠片を挟む。天馬が苦しげに鼻を鳴らした。

「私も同じだった。痛いなら、痛いって言っていい」

一気に引く。

紫の欠片が抜け、血が一筋だけ落ちた。エルナは欠片を床へ置く。騎士団の紋が刻まれた訓練用魔晶石だった。団長の顔から色が消えたが、彼女は責める言葉より先に薬草綿を詰めた。

蹄を下ろすと、天馬は慎重に一歩踏み出した。もう一歩。翼を広げても、雲は暴れない。

騎士団長が手綱を持って近づいた。

嵐天馬はそれを尾で払い、エルナの前に前脚を折った。

乗れという姿勢だった。

だがエルナが「今日は休もう」と笑うと、天馬も伏せ、長い鼻面を彼女の腿へ載せた。

銀の毛を撫でるたび、雷の匂いが少しずつ干し草の匂いへ変わる。温かな息と、信じて預けられた頭の重みが、昔の傷まで静かに包んでいた。