席取り用の空箱
限定百杯の蟹ラーメンを出す冬祭りで、月守ヶ原蓮悟が最後尾へ着くと、列の途中に段ボール箱が三十個置かれていた。
箱には一から三十まで番号が書かれている。強い風が吹くたび一つが転がり、隣の炭火コンロへ近づいた。出店者が慌てて拾い、通路と火気の安全上も放置できないと訴えた。
大門路渉真は先頭で腕を組んだ。
「仲間の席。今、駐車場にいる」
箱の後ろへ並んだ家族が困っていると、渉真は叫んだ。
「場所取りは早い者勝ち。文句があるなら昨日から来い」
祭りの実行委員である蓮悟は、列の規則を読み上げた。整理券は一人一枚、本人がその場にいること。物だけの場所取りは無効。前夜からの宿泊や無人の場所取りも禁止され、違反物は安全確保のため実行委員会が移動できると掲示されていた。
渉真は箱を足で広げ、通路を塞いだ。
「三十杯買って、食べるか売るかはこっちの自由だ」
彼のスマートフォンには、食券を一枚五千円で売るページが開かれていた。定価は千円。しかも“優先席確保済み”と祭り公式のロゴまで使っている。
実行委員会は、食券へ顔写真付きの電子整理番号を導入していた。販売時に本人がいなければ発行されず、譲渡された番号は調理口で無効になる。
渉真は箱を人として数えろと言った。
蓮悟は段ボールを一つ持ち上げた。中は空ではなかった。別の祭りで使った偽食券と、印刷途中の公式ロゴが入っている。
警備員が来る。周囲の出店者も、渉真が他会場で同じ手口を使ったと証言した。商店会は偽ロゴの使用と通路妨害を記録し、出店・来場禁止を決定。警察が偽食券の入手経路を確認し始めた。
通販ページは削除され、購入者へ返金が行われた。
三十個の箱が回収されると、列は自然に前へ詰まった。誰も走らず、空いた場所へ本当にいる人だけが入る。
百杯目の整理番号が、小さな子どもを連れた家族へ発行された瞬間、渉真が三十人分と主張した空箱はゼロ人として数えられ、売るつもりだったラーメンの湯気だけが正規の客へ渡った。