幕はもう一度だけ開く

町の小劇場では、幕の開閉を自動装置が行っていた。

上演時間と照明信号に合わせ、誤差なく動く。

古い舞台係は、その装置を「融通の利かない新人」と呼んだ。

子ども劇団の公演前、主役の少女は毎日台詞を忘れた。

失敗すると、閉じた幕の前へ行き、

「今日も隠してくれてありがとう」

と頭を下げた。

舞台係は笑った。

「幕に礼を言う役者は初めてだ」

本番、少女は最後の場面で台詞を失った。

客席は静まり、共演者も動けない。

進行表どおり、終演時刻になった。

自動装置が幕を閉じた。

少女は幕の裏で泣いた。

最後の言葉を言えないまま、物語が終わった。

客席から拍手が起きたが、少女には慰めにしか聞こえなかった。

舞台係が制御盤へ走った。

手動で開けようとしたが、装置は安全ロック中だった。

そのとき、閉じた幕が自分から動いた。

進行表にはない。

幕はもう一度だけ、ゆっくり開いた。

客席には、帰りかけた人もいた。

全員が驚いて舞台を見た。

少女は涙を拭く時間もなく、中央に立った。

共演者が小さく最初の言葉を教えた。

少女は首を振った。

忘れた台詞を思い出したのではない。

自分の言葉で言うことにした。

「ここまで一緒に来てくれて、ありがとう」

台本とは違った。

けれど物語の最後に必要だった言葉は、それだった。

共演者たちが並び、深く頭を下げた。

二度目の拍手は、最初より少し長く続いた。

終演後、少女は制御盤の前へ行った。

「開けてくれてありがとう」

自動装置は反応しない。

幕は規定どおり閉じた。

古い舞台係が退職し、劇場は改装された。

新しい装置に替える予定だったが、子ども劇団の嘆願で古い制御盤だけが残された。

それから、その劇場の幕は、公演中に一度も余分な動きをしない。

ただ、最後まで言葉を言えなかった役者が幕の裏で泣くと、ごくまれにもう一度だけ開く。

舞台係はそれを故障とは呼ばない。

幕は役者を隠すためだけにあるのではない。

隠れた人が、もう一度出てこられるまで待つためにもあるのだと、古い装置から教わったからだ。