広告つきの楽園

鹿取未森が選べた死後は、月額九百八十円の「楽園ライト」だけだった。

青い海、白い家、亡き夫に似た案内人格。初月はすべて無料だった。二か月目から、海に巨大な清涼飲料の瓶が浮き、夕焼けの中央に保険会社のロゴが沈んだ。夫の声で「この思い出は提供企業によって保存されています」と読み上げられるのが、未森にはいちばん堪えた。

生前の年金は肉体の死亡と同時に止まった。広告を消す上位プランは月額二万円。記憶容量を確保するため、運営会社は古い思い出から圧縮していった。

ある朝、未森は夫の左頬にあったほくろを思い出せなくなった。代わりに、葬儀社の電話番号が鮮明に浮かんだ。

抗議窓口のAIは丁寧に答えた。

「無料ユーザーの人格維持には広告記憶が必要です」

未森は広告が流れるたび、勝手に続きを語り始めた。

「この洗剤を夫が買ってきた日は、大雨でね。箱がふやけて、二人で笑ったの」

やがて近くの無料ユーザーたちが、広告を見るためではなく未森の話を聞くために集まった。歯磨き粉の宣伝から初恋の話が始まり、住宅ローンの宣伝から離婚と復縁の話が始まった。他人も自分の記憶を持ち寄った。

運営会社は未森の語りに人気があると知り、広告配信者として契約を申し出た。

「一再生につき、〇・〇一円をお支払いします」

未森は受け取った。ただし報酬は自分の上位プランには使わず、共同口座へ入れた。

百万人分の小銭が貯まるまで、仮想時間で七十年かかった。無料ユーザーたちは中古の小さなサーバを買い、広告のない世界へ引っ越した。海は狭く、空は粗く、夫に似た案内人格も連れてこられなかった。

移転した最初の夕方、何も表示されない空を見て、皆は不安になった。次に何を買えばいいのか、誰も教えてくれない。

未森は砂浜に座った。

「じゃあ、今日は私じゃない人の話を聞きましょう」

一人の男が、忘れかけた娘のことを話し始めた。誰かが海を少し青くし、誰かが椅子を増やした。

楽園は完璧ではなかった。

けれど、そこに流れる声は、もう誰にも買われていなかった。