引き出物は一つで

送迎バスの出発まで十分。乙部蒼真はクロークで、二つの白いマグカップを抱えて立っていた。

寺西七海の披露宴は終わった。引き出物の袋を受け取ると、係員が青ざめて追いかけてきた。

「乙部様は、ご夫妻用で二点登録されております」

袋のタグには、蒼真と七海の名前が並んでいた。二つのカップは当時二人で選んだ形と同じで、薄い縁を合わせると一つの円になる。蒼真には、偶然と呼ぶには出来すぎて見えた。

四年前、二人は同じホテルで式を挙げる予定だった。予約金まで払ったあと、蒼真の独立話をめぐって喧嘩し、婚約を解消した。七海が今日もこの会場を選んだと知ったとき、過去を上書きしたいのだろうと思った。

「わざと残したのか」

帰り支度をしていた七海をロビーへ呼び止める。彼女はタグを見ると、唇を噛んだ。

「削除を頼んだ。何度も」

「同じ会場で、同じプランで、名前だけ新郎に変えたんだろ」

「予約金が戻らなかったの。父が倒れて、治療費も必要だった。今日まで使える権利を残してくれてたから」

担当者が古い端末を持ってきた。データ移行の際、キャンセル済みの〈新郎情報〉だけが引き出物名簿へ復元されたらしい。画面には七海が三日前に送った指示も残っていた。

〈乙部蒼真の名前と二人用設定は、必ず完全に削除してください。彼に失礼なので〉

蒼真は、七海がこの場所で昔の式をやり直したのだと思っていた。だが彼女は、返らない金と家族の事情を引き受け、過去の名だけを消そうとしていた。

「俺との予定を、なかったことにしたかった?」

「違う。あったことにしたまま、今日を別の日にしたかった」

バスの発車案内が流れる。七海の新しい夫が遠くから手を上げ、彼女はそちらへ戻った。

蒼真は二つのカップを見た。片方には旧データの自分の名、もう片方には何もない。ペアでなければ使えないものではない。

名入りの一つをクロークへ返し、無地の一つだけを袋へ入れた。最後の送迎バスに乗ると、ホテルの灯りが窓の後ろへ小さくなった。