彼女の代わりに怒る

詩織は怒れない人だった。

職場で仕事を押しつけられても、恋人に嘘をつかれても、「私が悪いのかも」と笑う。だから私は匿名アカウント「彼女の代わりに怒る」を作った。

詩織から届いた被害報告を、私が強い言葉に変えて投稿する。名前は伏せるが、相手にだけ分かる情報を入れる。詩織は毎回、句読点の位置まで指定した。

最初の標的は、彼女に残業を頼んだ先輩だった。私は〈断れない人を選ぶ卑怯者〉と書き、過去の投稿から勤務先を匂わせた。先輩が謝ると、詩織は「大ごとにしたくなかったのに」と泣いた。けれど翌朝、謝罪文の保存数を嬉しそうに教えてくれた。

「八時三分に出して。あの人、電車で見るから」

投稿後、彼女は反応数を先に確認し、それから震え始めた。傷が深いほど、現実から少し遅れて涙が出るのだと思った。

今度の相手は、交流会で知り合った男だった。しつこく誘われ、断ると侮辱されたという。詩織はメッセージ画像を送り、私はすぐ投稿した。男の勤務先が特定され、契約が切られた。

数日後、本人から連絡が来た。

〈その画像は偽物です。彼女とは一度しか話していません〉

よくある言い逃れだ。私は無視した。フォロワーも〈加害者は必ず被害者ぶる〉と励ましてくれた。私の怒りは、知らない誰かに正しさとして数えられていった。

けれど添付された会場記録では、詩織と男が会ったのは五月十二日。彼女が私へ送った画像のファイル情報には、作成日が五月九日とあった。

詩織は黙って画面を見た。

「日付なんて変えられるよ」

詩織はそう言いながら、画像ではなく私の表情を見ていた。私がまだ信じているか、それだけを測る目だった。

「どうして会う前に、この人の名前が入ってるの」

「碧まで私を疑うんだ」

泣き声に胸が痛んだ。私はまた彼女を追いつめている。そう思った瞬間、詩織は涙を拭い、別のプロフィールを送ってきた。

「この子にも前から嫌なことされてて。今度は、もっと強く書いてくれる?」

私は返事をしなかった。

添付画像の作成時刻は、詩織がその男と出会う三日前だった。