心臓は善人から

津守柊平は、移植調整室で十二年間、臓器の行き先を決めてきた。

正確には、決めるのはAIだった。医学的適合度が同じなら、信用スコアの高い患者が優先される。治療後に社会へ返せる価値が高い、という理屈だった。

ある夜、二人の候補者に同じ心臓が適合した。

一人は九百二十点の企業役員。納税額が高く、違反歴なし。もう一人は二百七十点の救急看護師だった。彼女は無保険の患者を裏口から診療し、余った薬を渡し、規定外の残業を繰り返したため点を失っていた。

AIは役員を選んだ。

柊平は看護師の記録を知っていた。数年前、彼の娘が事故に遭ったとき、勤務時間を過ぎても手を握ってくれた人だった。だが個人的感情による変更は、医療信用への重大違反になる。

提供者は二十一歳の青年だった。意思表示欄には、短い文が残されていた。

――必要な人に使ってください。

「必要」とは何だろう。高い点を守ってきた人か。点を捨てて誰かを助けた人か。

柊平は割当画面を手動で変更し、自分の職員番号を責任者欄へ入力した。

手術は成功した。翌朝、柊平は免職され、信用点の大半を失った。役員の家族から訴えられ、医療区への立入資格も剥奪された。娘の進学推薦まで取り消された。

娘は怒ると思っていた。だが面会室で、彼女は言った。

「お父さんが助けてもらった人を、今度は助けたんでしょう」

柊平はうなずけなかった。正しかったと言い切るには、失われたもう一つの命が重すぎた。

数か月後、低信用区の無料診療所で受付の仕事を始めた。医療行為はできず、床を拭き、名前を呼び、順番を整理するだけだった。

ある日、胸に手術痕のある看護師が復職の挨拶に来た。彼女は柊平が割当を変えたことを知らない。

「ここは点の低い患者ばかりで大変ですね」と彼女は笑った。

「ええ。でも、順番は来た人からです」

柊平はそう答えた。

高得点者専用病院にいた頃より狭い受付で、彼は初めて、人を数字の後ろではなく名前の前から呼ぶようになった。