恋は緊急性あり

【医療相談AI「トリアージュ」と月居蛍の会話記録】

『症状を入力してください』

「胸が苦しくて、息が浅くて、顔が熱いです」

『緊急性を確認します。発症は突然ですか』

「はい。越智さんを見ると突然」

『特定人物への接触が誘因。感染症またはアレルギーを検討します』

「目が合うと動悸もします」

『痛みを十段階で評価してください』

「笑われると十。そっけないと八」

『重症です。皮疹はありますか』

「ありません。でも、メッセージの返信が遅いと手汗が」

『脱水を防ぐため水分を摂取してください』

「そういう問題じゃない」

『自己判断は危険です』

「あなたの自己判断も相当危険だよ」

『症状の否認を確認しました』

「でも近づきたい」

『危険行動です』

「声を聞くと足に力が入らない」

『運動機能低下を追加。救急要請を推奨します』

「恋だと思うんですけど」

『「恋」は医学的診断名ではありません』

「明日、告白する予定です」

『症状の誘因へ自発的に接触する計画を確認。中止してください』

「断られたら、心臓が止まるかも」

『心停止の可能性を検出。救急車を要請します』

「比喩! 呼ばないで!」

『要請済みです』

「取り消して!」

『通報理由を変更しますか』

「恋煩い」

『検索結果:古典文学上の表現。救急隊へ共有します』

「共有しないで!」

 五分後、アパートの前に救急車が止まった。蛍が青ざめて玄関を開けると、救急隊員の先頭に、片思い中の越智がいた。近所の消防署に勤めているとは聞いていたが、当直までは知らなかった。

「月居さん、大丈夫? 胸が苦しいって」

「あなたを見ると、もっと苦しいです」

「え、悪化した?」

 端末からトリアージュが告げる。

『誘因への接触により顔面紅潮、頻脈、発語混乱を確認』

「黙って!」

「何があったの?」

 蛍は逃げ道を失った。担架の横で背筋を伸ばし、予定を一日前倒しした。

「越智さんが好きです。だから苦しいんです」

 越智は一秒固まり、それから同僚たちの視線を気にしながら笑った。

「搬送は必要なさそうだけど、今度、二人で経過観察しようか」

『原因を特定。緊急性なし』

 AIだけが、最後まで冷静だった。