折った地図の向こう側

《監査官の落としたカメラが勝手に配信してる》

《藤ヶ谷琥珀、目を閉じたまま移動迷宮を歩けるわけない》

《救助隊まで迷った場所を紙地図一枚で攻略?》

 床から拾った胸部カメラは、藤ヶ谷琥珀が埃を払った瞬間、監査局の公開回線へ復帰した。

 琥珀は幼い頃から光を見ない。けれど紙の上に指を置けば、壁の呼吸と通路の軋みを線として感じ取れた。

 《転々宮》では十秒ごとに部屋が入れ替わる。最深部に取り残された救助隊七人の信号は、今も地図の反対端で明滅していた。

 救助隊が残した最後の音声には、壁の向こうでボスが爪を研ぐ音と、酸素残量を数える声が入っていた。琥珀の地図は印刷物ではない。床の傾き、風の冷たさ、靴底へ返る振動を、盛り上がった線として一枚ずつ描いたものだった。

 琥珀は膝の上へ手描きの地図を広げる。

《現在地と救難点の直線距離、二・八キロ》

《間にボス区画が六つ》

《また配置変更。救難点が北西から南東へ飛んだ》

「遠いのは、紙を広げているからです」

 琥珀は現在地の印と救難点の印が重なるよう、地図を一度だけ折った。

 通路が軋んだ。

 目の前の石壁に細い継ぎ目が走り、紙の折り目と同じ形に開く。向こう側から、救助隊七人が転がり込んできた。追ってきた《方角喰い》が首を突き出すが、琥珀が地図を閉じるより早く継ぎ目が戻り、その巨体を別の二地点へ分断した。

《座標が接続された!?》

《監査局の三次元測位、二・八キロ離れた区画が〇・三秒だけ隣接》

《地図に迷宮を合わせたんじゃない。紙のほうで距離を折った》

《救助隊、七人全員帰還!》

 琥珀は拾ったカメラの向きを声で探り、そっと差し出した。

「落とした方へ、これも届けてください」

《迷宮を折り畳んだあとに落とし物扱い》

《救助隊より救助が上手い地図屋》

《目を閉じているんじゃない。こっちより正確に見えている》

救助隊長は琥珀の前で膝をつき、途中で捨てた公式地図を差し出した。彼女の手描きを「子どもの落書き」と呼んだ地図だった。

《監査カメラに停止・編集なし》

《救難点七件、同一瞬間に入口側へ移動》

 琥珀は責めず、公式図の空白へ指を滑らせる。「ここにも、帰れる折り目があります」

 迷宮地図協会の公式図面が更新される。

 転々宮の余白に、新しい近道ではなく、ただ一行。

【藤ヶ谷琥珀が折れば、全地点は隣接する】