持ち物の黒石
高槻凌平は地質調査会社の新人で、先輩の代わりに哭石山へ入った。鉱脈調査の対象外にされた北斜面には、古い境石が列を作っている。村の聞き取り記録には、採取上の注意があった。
《境石の黒い欠片をポケットに入れてはいけない》
落石防止の意味だろう、と凌平は考えた。境石には採石年代の代わりに人名が刻まれ、どれも途中で一文字だけ欠けている。欠けた部分と同じ形の黒石が、足元にいくつも落ちていた。
調査票
試料A-01 花崗岩
A-02 頁岩
A-03 黒色ガラス質、採取禁止区域のため未回収
未回収と書いたあと、凌平は黒い欠片を一度だけ作業着の胸ポケットへ入れた。分析すれば、山が禁足になった理由を科学的に示せるかもしれない。
数分後、胸の中で石が脈打った。作業端末の試料重量は、欠片を取り出しても増え続けた。四十キロを越えたころ、重量欄の単位が《kg》から《歳》へ変わり、凌平の年齢と同じ数字で止まった。取り出すと、人の奥歯ほどの大きさだった欠片が、握り拳ほどに膨らんでいる。表面には指紋のような渦が刻まれていた。凌平は境石の根元へ戻し、写真も削除した。
会社では何も言わなかった。作業着を洗い、ポケットを裏返し、砂一粒残っていないことを確かめた。それでも胸ポケットだけが内側へ重く垂れ、ハンガーに掛けると人の呼吸のように揺れた。
翌日、スマートフォンに紛失防止タグの警告が出た。
《所有者不明の持ち物が、あなたと一緒に移動しています》
地図上の履歴は哭石山から自宅まで続いていた。音を鳴らすボタンを押すと、胸の奥で硬いものが三度ぶつかった。
凌平は病院へ行った。レントゲンにもCTにも異物はない。医師は過労だと言った。
その夜、警告が「持ち物を探す」アプリへ正式に追加された。
名称:黒石
現在地:高槻凌平
距離:0cm
バッテリー:残り百年
削除しようとすると、所有者への返却手順が表示された。
《持ち物を山へ返すには、収納している容器ごとお持ちください》
容器の欄には、凌平の顔写真があった。
翌朝、通勤電車の改札でスマートフォンが震えた。
《黒石が移動しました》
青い点はホームに残り、凌平を示す灰色の点だけが、地図にない山の方角へ進んでいた。