指のない最後の矢
外門の鎖が切れかけていた。
城壁の上で、弓兵エムリクは七本目の矢をつがえた。黒檀の弓は、放てば必ず狙いへ届く。その代わり、一射ごとに射手の指を一本、根元から食べる。
最初の六本で、敵の角笛手、旗手、三人の術師、破城槌の御者を落とした。代価に六本の指が消え、両手に残るのは親指と人差し指が一本ずつだった。
「もう弦を引けません」
観測手サエナが言う。下では新しい破城槌が門へ迫り、その後ろを鎧兵が埋めていた。
「革輪を使う」
エムリクは弦を手首の輪へ掛け、右の人差し指で七本目を支えた。放つ。矢は盾の隙間を縫い、槌を守る術師の額へ届く。右の人差し指が音もなく消えた。
八本目は左の人差し指でつがえ、敵の火壺を射抜いた。炎が兵列を割り、左の人差し指も掌へ沈む。
残るのは二本の親指だけ。
九本目を歯で矢台へ置き、左の親指で押さえた。狙うのは、槌を引く太い綱。矢は綱を断ったが、槌は坂の傾斜を滑り、勢いのまま門へ向かう。左の親指が失われた。
止める方法は一つ。外門を吊るす鎖の留め金を射ち抜き、門そのものを倒す。槌も敵兵も潰せるが、門外で退却中の味方十人も巻き込む。
その十人の一人が兜を脱ぎ、城壁を見上げた。射て、と剣を掲げる。
エムリクは最後の矢を歯で拾った。右手に残る最後の親指を矢尻へ添え、手首の革輪で弦を引く。
サエナが腕を掴んだ。
「それを放したら、二度と何も持てません」
「門内には、まだ千人いる」
十本目を放した。
矢は風を曲がり、石の隙間を抜け、留め金の中央へ突き刺さった。鎖が弾け、巨大な門扉が倒れる。槌も敵兵も、剣を掲げた十人も土煙の下へ消えた。
同時に、最後の親指が掌から消えた。
勝利の鐘が鳴る。エムリクの両手の先には、皺のない丸い掌だけが残っていた。傷口すらなく、最初から指というものを持たなかったように滑らかだった。
胸元の木彫りが落ちた。娘が出陣前にくれた、小さな鳥だ。拾おうとしても挟む指がない。手首で何度すくっても、鳥は石床を転がった。
サエナが拾い、彼の首へ結び直す。
エムリクは礼を言い、倒れた門を見た。十本の矢はすべて狙いへ届いた。
けれど勝利を確かめる彼の身体には、もう弓を引く手も、娘の手を握り返す指も一本も残っていなかった。