握り潰さない鋼の手
鍛冶師ドルクの右手は鋼鉄だった。
巨岩に潰された腕の代わりに、王都工房が作った義手。しかし力が強すぎた。釘をつまめば潰し、槌を握れば柄を折る。三日で仕事場を追われ、「腕があっても職人ではない」と笑われたという。王都工房は「最大出力は規格どおり」と取り合わなかった。だがドルクが作りたいのは城門ではなく、髪留めや鍋の取っ手に使う細い金具だ。作業着のポケットには、握り潰して平たい板になった釘が何本も入っていた。失敗を隠さず全部持ってきたのだ。
彼は修理店《歯車掌》の台へ義手を置いた。
「弱くしてくれ。子どもの手でも握れるくらいに」
店主マレイは首を振った。
「弱くするのではなく、止まれるようにします」
義手の関節には開く歯車と閉じる歯車しかなく、力を保つ中間の仕組みがなかった。軍用の設計だ。敵を掴むことしか想定していない。
マレイは小指の内部へ米粒ほどの遊星歯車を三枚入れた。親指には薄い革膜を張り、触れた硬さを圧力へ返す。最後に手首のばねを、ドルクの左手と同じ速さへ調整した。
「何か握ってみてください」
差し出したのは卵だった。
「鉄でも寄越せ」
「卵を持てない手は、鉄も扱えません」
ドルクは悪態をつきながら鋼の指を閉じる。殻は割れない。力を増すと、指先へ柔らかな抵抗が返り、義手が自分から止まった。
次に彼は作業台の細い釘をつまみ、槌を借りた。鋼の手で柄を握り、一打。釘は曲がらず板へ沈む。二打目は頭と寸分違わず重なった。さらに鋼の指で薄い銅板を折り、角だけを丸める。力ではなく加減で形が生まれ、作業台に小さな取っ手が完成した。
ドルクは槌を置き、卵を胸元へ大事そうに抱えた。
「明朝、工房の親方の机にこれを置く。片手で焼いた目玉焼きも添えてな」
代金を革袋ごと置き、釣りはいらないと言う。
「余りは定期調整分だ。職人の手は、使えば狂うからな」
扉が閉じたあと、マレイは床に落ちた一本の釘を拾う。
そのとき、今度は木製の義足が敷居を叩き、ベルが鳴った。