改札から先

「改札まででいいです」

国見遥香は、新田陸人を見送るたびそう言った。

遥香は仙台支社、陸人は東京本社。共同案件で月に一度会い、会えば帰りの新幹線ぎりぎりまで話す。それでも改札の前では仕事の顔に戻った。遠距離になると分かっている関係に、名前をつける勇気がなかった。

案件最終日の夜、仙台駅には細かな雪が舞っていた。陸人の列車は二十一時十二分。発車案内の数字が、いつもより速く減っていく。

「資料、全部共有しました」

「確認しました」

「来月からは、オンライン会議もないですね」

「そうだね」

遥香は笑ったつもりだった。陸人のキャリーケースには、彼女が前回つけた青い目印が揺れている。返してもらう理由も、もうない。

改札前で足を止める。

「ここまでで大丈夫です」

「また、その台詞」

「だって、切符がないので」

「次の分ならあります」

陸人がスマートフォンを見せた。来月の土曜日、東京発仙台行き。出張申請のない日付で、座席は一人分だけ予約されていた。

「仕事では来られないから、自分で取った」

「何をしに?」

「遥香さんに会いに」

まっすぐな言葉より先に、彼は画面を遥香へ預けた。予定表には午後一時、「仙台駅で待ち合わせ」。参加者欄の彼女の名前には、会社のアドレスではなく、いつか交換したまま使えなかった個人アドレスが入っている。

遥香は承諾を押した。件名の「仙台駅で待ち合わせ」を消し、「陸人と一日」と打ち直す。

陸人が息を止めたような顔をした。

「名前で呼んでも?」

「もう書きました」

発車を促す放送が流れる。陸人は改札へ向かったが、直前で戻り、遥香の手を取った。手袋越しでは足りないように、彼女の手袋を少しずらし、素手の指を絡める。

「今日は、改札まででいい」

「今日は?」

「次は、改札から先も一緒に歩きたい」

遥香はうなずいた。列車に遅れそうになるまで、どちらも手を離さなかった。

改札の向こうへ消えた直後、メッセージが届く。

〈来月、仕事じゃない僕を迎えに来てください〉

遥香は〈待っています〉と返し、連絡先の「東京本社・新田」を「陸人」に変えた。

ずっと終点だと思っていた改札は、二人にとって初めての待ち合わせ場所になった。