改札前のスニーカー

土曜の午後五時四十分、理沙のベッドには三足の靴が並んでいた。

黒いパンプス、細いストラップのサンダル、履き慣れた白いスニーカー。マッチングアプリで知り合った人と、六時半に駅で会う予定だった。

相手のプロフィールには「きれいめな服装が好きです」と書いてあった。それが女性の服装を指すのか、自分の好みを説明しただけなのかは分からない。理沙は朝からその一文を何度も思い出していた。

ワンピースは二着試した。紺は無難すぎて、赤は頑張りすぎに見えた。結局、薄いグレーのニットと黒いパンツに戻った。床には脱いだ服が重なり、値札のついたままのストッキングの袋が落ちている。朝買ったストッキングのレシートは、鏡の前で丸まっていた。

パンプスを履いて玄関まで歩く。右足の小指がもう痛かった。サンダルは足首がきれいに見えたが、外は雨上がりで、駅までの道に水たまりがある。

友人へ服装の写真を送ろうとして、やめた。休日の夕方に「これ変じゃない?」と聞けば、優しい友人は答えてくれる。けれど今日は、誰かの合格をもらってから出かけるほど時間がなかった。

スマートフォンには相手から〈着いたら連絡します〉と届いている。返信欄を開いたまま、理沙は白いスニーカーを見た。かかとの内側が少し擦れ、紐には洗っても落ちなかった薄い汚れがある。きれいめではない。でも駅まで早足で歩けるし、食事のあと一駅分歩こうと言われても困らない。

理沙はスニーカーを履いた。玄関の鏡に全身は映らないので、上半身だけを見て髪を整える。パンプスとサンダルはベッドの下へ押し込み、散らかった服は帰ってから片づけることにした。

改札へ着いたのは六時二十七分だった。相手はまだ来ていない。ガラスに映る自分の足元を見ても、急に自信が出るわけではなかった。

それでも理沙は、痛くない足で立っていた。今日会う人にどう見られるかより、帰るまで自分が機嫌よく歩ける方を選んだ。最初の一時間くらい、その程度の準備でよかった。