救急車の幅

小学校の運動会が始まる一時間前、正門から校庭までの通路に長い列ができた。

保護者向けの飲み物を売るテントが、予定より三メートル道路側へ出ていたためだ。警備員の鷲尾千紘は、列を整えるバリケードを見て、販売担当へ言った。

「この並べ方では、救急車が曲がれません」

「開会までだけです。来たら動かします」

担当者は忙しそうに紙コップを積んだ。

鷲尾は反論せず、校門から保健室まで歩数を数えた。緊急車両通路は図面上では三・五メートルあるが、列の人が日陰を求めて片側へ寄り、実際は二メートルもない。さらに児童の入場が始まれば、保護者は列を離れて写真を撮り、バリケードだけが道路に残る。救急車が来てから片づける手順では、動かす人そのものを探すことになる。

鷲尾はテントを撤去させなかった。校庭側の万国旗用ロープを借り、列を短い折り返しに組み替えた。入口と出口を分け、飲み物を選ぶ見本は列の手前へ置く。迷う時間を先に使わせたため、会計前の滞留が減り、通路の幅が戻った。

校長は「そこまでしなくても」と笑ったが、鷲尾は白線の外へ出たベビーカーも一台ずつ内側へ案内した。暑い日は、事故より先に体調不良が来る。

開会式の途中、六年生の児童が倒れた。保健室の先生が救急要請を出す。校門の外からサイレンが聞こえると、保護者の列がざわめいた。

サイレンを聞いて列から飛び出そうとした人には、写真を撮らず道を空けるよう声をかけた。通路の幅は物だけでなく、人の好奇心にも奪われる。

鷲尾はバリケードを一枚外しただけだった。救急車は速度を落とさず校庭へ入り、折り返しの列にも触れなかった。

児童が搬送された後、販売担当は空いた通路を見つめた。

「来たら動かす、じゃ遅いんですね」

鷲尾は返事をせず、外した一枚を元へ戻した。通路を広くしたままでは、今度は子どもが売店へ飛び出す。

昼前、次の競技の保護者が門へ押し寄せた。無線から「南門にも列」と声が入る。

鷲尾は汗を拭き、救急車が通った幅を頭に残したまま、別の門へ走った。