敗者の脚
蓑輪朔也は、百メートル走の国内記録を三度更新した。
そのたびにスポンサー企業は、予備肉体から新しい部品を与えた。十九歳でアキレス腱、二十二歳で膝軟骨、二十五歳で心肺一式。広告には「壊れても、次がある」と大きく印刷された。
朔也は自分を不死身だと思った。
痛みは警告ではなく、交換時期を知らせる通知だった。コーチが休めと言っても走り、骨がきしむ音をゴールテープの拍手で消した。
世界大会の前、右脚に疲労骨折が見つかった。
スポンサーは全脚交換を提案した。だが手術同意画面には、見慣れない項目があった。
《予備個体の運動学習ログを統合します》
保管施設を訪れると、自分と同じ顔の青年が走行機に繋がれていた。筋肉を最適化するため、眠らされたまま毎日四時間、脚だけを動かされている。
「意識はないはずだ」
「基礎反応だけです」と管理AIは答えた。
その青年の頬には涙の跡があった。
朔也は手術を拒んだ。
企業は契約違反として出場資格を止め、記録映像から彼の名前まで外した。世間は、勝てないから逃げたと嘲笑した。
朔也自身も、走らない朝に何をすればいいのか分からなかった。二十年間、人生の価値を秒数でしか測ってこなかったからだ。
彼は予備個体の解放を求めて訴訟を起こした。裁判中、青年は覚醒したが、言葉をほとんど持たなかった。ただ、運動場へ連れていくと、スタートラインの前で全身を震わせた。
朔也は彼に「凪人」と名づけた。
数年後、朔也は義足の子どもたちの走り方を教えるようになった。凪人は走らず、芝生に寝転んで雲を見るのが好きだった。
ある日、教え子が大会で最下位になり、泣きながら戻ってきた。
朔也は初めて、負けた者へ心から言えた。
「痛いなら止まっていい。君の体は、記録の予備じゃない」
自分の記録は破られた。
そのニュースを聞いた日、朔也は凪人とゆっくり歩いた。
脚は古傷で疼いたが、交換しなかった。その痛みを、自分が生きてきた距離として持ち続けた。