教授夫人の研究票

子ども科学展の受付で、東雲森彩冴は名札へ〈教授夫人〉と書き足した。

「主人が白鷺大学の教授だから、研究の評価なら分かるの。お子さんの自由研究、私が見てあげましょうか」

天花寺奈々瀬の娘が作ったのは、川の水質を毎日測った地味な表だった。彩冴の息子は、海外製の大型実験装置を展示している。

「ご主人は研究所の職員でしたよね。任期付きだと大変でしょう」

奈々瀬は「研究所で働いています」と答えた。

審査開始前、彩冴の夫・鳴滝ヶ原克周が会場へ来た。彩冴は誇らしげに腕を組もうとしたが、克周は入口で足を止め、奈々瀬の夫へ深く頭を下げた。

「天花寺機構長、本日は審査委員長をお引き受けいただき、ありがとうございます」

天花寺冬弥は、白鷺大学を含む複数大学と共同研究を行う国立科学機構の機構長だった。河川環境研究の第一人者で、克周が所属する研究室の大型助成金も、彼の機構が審査している。

彩冴は名札を押さえた。

「教授より、研究所の人が上なの?」

克周が険しい顔をする。

「僕は教授ではなく准教授だ。機構長は国の研究プロジェクト全体を統括する方だよ」

審査では、彩冴の息子の装置が動かなかった。説明書どおりに組んだだけで、本人は測定原理を理解していない。一方、奈々瀬の娘は一年分の数値から、工事後に水温が上がった地点を見つけていた。

冬弥はどちらの子も責めなかった。

「装置の値段より、自分で立てた問いが大切です」

最優秀賞は奈々瀬の娘に決まった。彩冴は、審査委員長の娘だから有利だったと口にした。

冬弥は審査票を公開した。氏名を伏せた三人の外部審査員が、全員同じ順位を付けている。彼自身は利益相反を避け、採点していなかった。

克周は妻の名札から〈教授夫人〉の文字を消した。

「子どもの研究に、僕の肩書を足すのはやめてくれ」

最優秀研究票へ娘自身の名前だけが記され、克周が機構長へ研究費報告書を提出した瞬間、夫と装置の大きさで評価を決めていた彩冴だけが、顔面蒼白で空白の名札を見つめた。