新人研修とラスボス戦

乾木乃香は、入社式の日に配信アプリを削除しようとした。

食品メーカーの新入社員と、ゲーム配信者〈ノノカノン〉。会社の副業規定は申告制で、禁止ではない。それでも研修担当に「最近の若い人は、軽い気持ちで会社の看板を傷つける」と言われ、怖くなった。

削除ボタンを押せないまま、一か月が過ぎた。

商品企画研修の最終日、木乃香は班の代表としてプレゼンをした。ノートパソコンを投影し、新しい冷凍スープの資料を開く。説明が半分まで進んだところで、予約通知が右上に現れた。

《ノノカノン、本日二十一時――百回負けたラスボスへ》

後方の席から息をのむ音がした。

「ノノカノンって、あの攻略配信の?」

別の班の男性が笑う。

「新人のくせに副業?」

木乃香の頭から、原価も販路も消えた。画面を閉じようとすると、同じ班の河原崎がリモコンを取った。

「通知は資料じゃありません。次、試食調査の結果です」

木乃香の代わりにスライドを進め、何事もなかったように続きを促した。

発表後、研修担当に呼ばれた。木乃香は配信をやめると先に言おうとしたが、担当者は副業申請書を机に置いた。

「会社名や未公開情報を出している?」

「出していません」

「勤務時間中に配信している?」

「していません」

「なら、規定を読んで申請してください。問題は秘密にしていたことではなく、手続きをしていないことです」

叱責より事務的な言葉が、かえって木乃香を落ち着かせた。

廊下では河原崎が待っていた。

「助けてくれてありがとう」

「私も見てますから」

「え?」

「ノノカノンさんが百回負けても、原因を一個ずつメモするでしょう。あれを真似して、この企画のアンケートを直しました」

木乃香は、自分の二つの時間が初めて同じ仕事をしたことに気づいた。

席へ戻り、副業申請書の活動内容欄に、逃げずに書く。

〈ゲーム実況・攻略配信〉

配信者名の欄には〈ノノカノン〉。本名の署名欄には〈乾木乃香〉

二つを続けて書き、提出箱へ入れた。

その夜、ラスボスの前で木乃香は百一回目の作戦メモを開いた。

「申請、完了。じゃあ攻略も、正面から行きます」

扉の向こうで、巨大な敵が目を覚ました。