明太子の赤い端
七尾史佳は、人事部の年次更新を終えたあと、自分の緊急連絡先を開いた。
登録されているのは、遠方に住む従姉の名前だった。七年間一緒に暮らす恋人の欄はない。
会社の選択肢には、配偶者、親、きょうだい、親族しかなかった。自由記入もできるのに、史佳は従姉を選んだ。人事担当の自分が〈その他〉へ女性の名を書けば、誰かが理由を尋ねるかもしれない。隠しているつもりはない、と恋人には言いながら、社員証の裏には他人の電話番号を入れてきた。
半年前、史佳が職場で倒れたとき、最初に連絡を受けた従姉は会議中で電話に出なかった。恋人は病院からの連絡を待ちながら、家族ではないという理由で詳しい説明を聞けなかった。それでも史佳は、会社へ戻ると登録を変えなかった。危険より、誰かの好奇心のほうを大きく見積もっていた。
今夜、恋人は出張へ出た。受付に預けられた明太子のおにぎりには、短い付箋が貼られている。
〈帰る前に食べて〉
責める言葉はなかった。それがかえって、史佳には痛かった。
包みを開くと、明太子の匂いが立った。握り方が急だったのか、赤い具が片方の端から少しはみ出している。
史佳は辛い具を最後に食べる。白い米の側から進み、覚悟ができてから中心へ行くのがいつもの順番だった。恋人はそれを知っていて、具を真ん中へ入れるのが上手だった。
今夜は、赤い端を先に向けた。ひと口で舌が熱くなり、喉の奥まで辛さが残る。けれど、そのあとに食べた白い米は、いつもより甘く感じた。
史佳は緊急連絡先の編集画面へ戻った。従姉の名を消し、恋人の姓名を入力する。続柄の欄で〈その他〉を選び、括弧の中へ〈パートナー〉と書いた。
保存前の確認画面には、社内担当者が閲覧する場合があると表示された。史佳は残りのおにぎりを二口で食べた。辛さが消えるのを待たず、保存を押す。
印刷した新しい連絡票を社員証へ差し込む。赤い明太子がついた包み紙だけは捨てず、出張から戻る恋人へ見せるため、手帳にはさんだ。