明日の謝罪録音
企画会社の机に、古い録音機が置かれていた。
電源を切って午前零時を迎えると、翌日、持ち主が最初に口にする謝罪を一度だけ再生した。
「資料を取り違えて、申し訳ありません」
「連絡が遅れて、ごめんなさい」
「名前を間違えました」
管理職の女性は、前夜に謝罪を聞き、その原因を先回りして潰した。
資料を二度確認し、予定を早め、名簿へ読み仮名を付ける。
失敗が減り、仕事のできる人と評価された。
同時に、周囲へ細かく指示することが増えた。
誰かが間違える前に直し、相談される前に答えを出す。
部下は何も任されていない顔になったが、女性は事故を防いでいるつもりだった。
ある夜、録音機から自分の声がした。
「聞く前に決めて、ごめんなさい」
誰に対する謝罪か分からない。
翌朝、女性は誰の話も遮らないよう注意した。
会議では最後まで聞き、昼休みも質問を待った。
何も起きない。
夕方、若い社員が封筒を持ってきた。
女性は中身を見て、異動願だと察した。
「環境を変えたいなら、来月の新規チームへ」
先回りして言うと、相手の顔が固まった。
「まだ何も話していません」
女性は録音の言葉を思い出した。
「聞く前に決めて、ごめんなさい」
予告どおり謝った。
封筒は異動願ではなく、家族の介護で勤務時間を減らしたいという相談書だった。
新規チームへ移れば、むしろ負担が増える。
社員は何度も相談しようとしたが、女性が先に最適解を示すため、違う事情を言い出せなかったという。
女性は録音機のことを話さなかった。
ただ、
「どうしたいですか」
と尋ね、返事が出るまで黙った。
勤務時間を短くし、仕事をチームへ分けた。
効率は落ちた。
女性自身も一部を引き受け、残業した。
それでも社員は辞めずに済んだ。
翌晩、録音機を切らずに眠った。
未来の謝罪を聞かなければ、失敗を防げないかもしれない。
朝、録音機の電池は切れていた。
その日、女性は二度謝った。
会議の時間を間違えたこと。
部下の説明を途中で理解したつもりになったこと。
どちらも、その場で相手の顔を見て言った。
失敗を先回りして消すより、謝罪が必要になった場所から会話をやり直す方が、人の事情を勝手に書き換えずに済むことがある。
録音機は机の引き出しに残した。
未来の声ではなく、今話している人の声を聞き終えるまで、開けないことにした。