星が消えたあとのロビー
鷺沼冬莉は、プラネタリウムの最終回が終わったあとも、すぐに帰らない。
観客が出口へ流れ、丸いドームの星が消えたら、一階ロビーの青いソファへ座る。
自宅までは電車で十五分。職場からは反対方向。それでも月に二度、ここへ来た。
冬莉は保育園で働いている。
一日じゅう子どもの声に囲まれ、帰宅すれば隣室の生活音が聞こえる。静かすぎる場所はかえって落ち着かないが、ロビーには展示装置の低い音と、自動販売機の唸りがある。
誰かがいるのに、話さなくてよい静けさだった。
ある夜、投影機の調整をする職員がソファの反対側へ座った。
「毎回、最後までいますね」
「邪魔ですか」
「閉館まで十五分あります」
職員は紙カップのココアを持っていた。
冬莉も同じものを買う。
「星、好きなんですか」
「詳しくはないです」
「では暗いところ?」
「星が消えたあとの明るさが好きです」
職員は少し考えた。
「投影が終わると、皆すぐ立つから気づきませんね」
ドームの中では、次回の点検灯がつき、清掃員が座席を確認している。
星空を作る機械も、上映が終わればただの設備へ戻る。
冬莉はその時間に安心した。
きれいなものを見せ続けなくてもよい裏側が、少し見えるからだ。
「子どもたちに、毎日元気ですねって言われます」
冬莉が言った。
「元気にしてるんですけど」
「投影中の星も、電気です」
「偽物?」
「偽物ではなく、仕事中」
職員はココアを飲んだ。
「消えたあとも、機械はここにあります」
閉館の音楽が流れた。
二人は立ち上がり、紙カップを捨てた。
職員は点検へ戻り、冬莉は玄関へ向かう。
外は本物の夜だった。
町の明かりが強く、星は一つしか見えない。
冬莉はその名前を知らなかった。知らなくても、見上げるだけなら十分だった。
次の勤務日、子どもに「先生、今日も元気?」と訊かれた。
冬莉は「半分くらい」と答えた。
子どもは「じゃあ半分遊ぼう」と言い、積み木を一つ渡した。
夜、コートの袖からココアの甘い香りがした。
プラネタリウムのロビーは、星を見る場所ではなく、星を消しても自分が残ると確かめる場所になっていた。