星柄の短冊を隠さない

八歳のひよりは、教室の窓辺で星柄の短冊を握っていた。

七夕会。担任が箱から一枚ずつ短冊を取り、書いた本人に願いを読ませる。

ひよりの願いは『歌を仕事にしたい』。

隣の真帆が、前の人生と同じ声で囁く。

「そんなの、笑われるよ。隠しちゃえば?」

そして無地の短冊を差し出した。

前のひよりは交換した。担任には「願いはありません」と答え、皆に笑われずに済んだ。

けれど真帆は星柄の短冊を拾ったふりで読み上げ、「ひよりが歌手だって」と教室中に広めた。ひよりは否定し、自分の声まで嫌いになった。音楽の授業では口だけ動かし、家では風呂場の鼻歌さえ途中で止めた。笑われる前に、自分で夢を消す癖がついた。後に学校へ来ていた作曲家が、廊下で聞いた鼻歌の主を探していたと知ったのは、夢を諦めた十年後だった。

短冊の角が汗で柔らかくなる。

「次、ひよりさん」

担任に呼ばれ、真帆がもう一度囁く。

「早く交換して」

ひよりは星柄の短冊を胸の前に掲げた。

「交換しない。これは私の願い」

教室がざわつく。ひよりは震えながら一行を読んだ。

案の定、誰かが笑う。

真帆が大声で言った。

「歌手なんて無理だよ。歌ったこともないくせに」

前の人生なら、そこで泣いた。

ひよりは短冊の裏に書いておいた童謡の一節を見て、息を吸う。未来で何千回も封じた声を、たった四小節だけ解放した。

最後の音が消えると、教室は静かだった。

廊下から拍手が一つ聞こえた。

音楽室へ向かう途中だった客員講師の瀬名が、開いた扉の前に立っている。前の人生では、鼻歌の主を見つけられず帰った人だ。

真帆が「今のは偶然」と割り込む。

瀬名は星柄の短冊を指した。

「名前は?」

ひよりは隠さず答えた。

放課後、前の人生では真帆から『みんな笑ってたよ』というメッセージが届いた時刻に、母の端末が鳴った。

表示された件名は違う。

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瀬名は帰り際、ひよりにだけ聞こえる声で言った。

「やっと見つけた。廊下の向こうまで届く声を」